国際的な大銀行のダークサイドを
告発した「情報泥棒」の真意は?
『世界の権力者が寵愛した銀行』(講談社)
著/エルヴェ・ファルチャーニ、アンジェロ・ミンクッツィ
本書の原題は『脱税の金庫番』だそうだ。私が担当編集者なら、著者に再考を促す。タイトルにはもうちょっと寓意がないとイケてません。
私は国際経済にはまるっきり無知だし興味もない。が、世界中の大富豪やVIPの資産を預かる国際的な大銀行が、顧客の脱税やマネーロンダリングなどを業務として積極的に行っているというぐらいのことなら、その手のサスペンス映画を2、3作観ればだいたい見当がつく。だから本書を読んで、こういう巨大金融グループ(とその顧客)が、「タックスヘイブンでオールフリーでパラダイス!」なんて輪になって踊っていられないよう、国際社会がそれなりに努力して規制をかけたり制裁措置をとったりしていることの方に驚いた。ジェームズ・ボンドやエクスペンダブルズが乗り込んでいって暴れない限り手も足も出ないのだろうと思い込んでいたのだけれど、意外とそうでもないのだ。
本書は著者の弁明から始まる。自著の冒頭で縷々言い訳を並べる書き手は珍しいが、監修者の橘玲さんの的確で丁寧な解説のおかげで、なぜこんなことになっているのか、すぐ事情がわかる。要するに、本書の著者は情報泥棒なのである。彼が盗んで暴露したのは世界最大のグローバル金融機関の1つHSBCの顧客情報で、これが前述したもろもろの真っ黒な悪事の動かぬ証拠だったので、勇敢な内部告発者になったわけだ。正義を貫くため、敢えて手を汚した英雄。だが、素直にそう褒め称えていいか躊躇われる曖昧な部分が多々ある。「李下に冠を正さず」ということわざを知らないのがまずいけない。あのレバノン行きはおかしい。疑われても仕方がない。最初は告発する意思などなく、盗んだ情報を高く売りつけようとしていただけなのではないか。それが思うようにいかなかったので、途中から告発者になりすましたのではないのか。人の思惑は状況によって変わるし、ホワイトカラー犯罪の動機は金銭欲だけではなく、報復感情や承認欲求がブレンドされ重層化している方が自然だろうし。
私が担当編集者なら、著者にこう勧める。御作のタイトルは『悪い奴ら』でいかがですか。あなた自身も含めて意味ぴったりですよ。あ、でも、これもストレート過ぎて寓意が足りないかな。芝田高太郎訳。