大企業の人材を新興国に送り込んで現地の課題解決を行う「留職」プログラムをはじめ、ビジネスとソーシャルをつなぐさまざまな活動を展開してきたNPO法人のクロスフィールズ。代表の小沼大地さんによれば、近年ビジネスの世界で注目されているミッション・ビジョン・バリューやパーパスを主軸とした経営は、NPOのような非営利組織の運営においては、長年にわたって常識的に行われてきたものだといいます。
その小沼さんが「すぐに実践に落とし込める稀有な本」「NPOで実践してきたことが非常によく整理されている」と絶賛するのが『理念経営2.0』という一冊だ。同書の著者である佐宗邦威さんは、クロスフィールズが2021年にビジョン・ミッションを改定する際に伴走役を務め、書籍の執筆過程においても、クロスフィールズの取り組みを大いに参考にしたという。時代に先んじて「理念経営2.0」を実践してきたクロスフィールズでは、今どんなことが起こっているのか──お二人の対談を全3回にわたってお送りする(第3回/全3回 構成:フェリックス清香 撮影:疋田千里)。

【NPO代表に聞く】御社の経営理念が「額縁のありがたい言葉」から抜け出せない理由

ビジョン・ミッション、バリューを浸透させるコツ

佐宗邦威(以下、佐宗) 『理念経営2.0』を刊行して以来、大企業などから「ビジョンやパーパスを作ったのだけれど、どう浸透させたらいいか迷っているので相談の乗ってほしい」と言われることが増えました。大企業でよくあるのが「1枚のパワポ」に理念がまとめられていて、それを使って社員に説明していますというパターンです。

ですが、これだけだとせっかくの理念がなかなか浸透していかない。小沼さんのクロスフィールズでは、ビジョン、ミッション、バリューがメンバーのみなさんにうまく浸透していると感じますが、そのコツは何なのでしょう?

小沼大地(以下、小沼) 一つには、解像度を上げていくことですよね。以前のビジョン・ミッションよりもなぜ新しいビジョン・ミッションが使えているかといえば、私だけでなくメンバーの大半が、ビジョン・ミッションのフレーズをただ覚えているだけでなく、その言葉の背景や目指している世界の質感を、ありありと頭のなかに描けているからなんだと思います。

たとえば、ビジョンである「社会課題が解決され続ける世界」という言葉だけをつくって、それをメンバーに「これが新しいビジョンです。はい、どうぞ」と渡すだけだと、たぶん何も起こらないでしょう。

大事なのは「自分の組織はこのビジョンのどういった部分にどうアプローチしていくのか」の解像度を高めることです。職位や部署を飛び越えて、それについてみんなで話し合い、それぞれの人が「自分の持ち場ではこのビジョンに向かってこうやってアプローチしていこう!」と思えるまで、具体的な形に落とし込んでいかないといけない。

佐宗 おっしゃるとおり、単なるステートメントだけを手渡して終わっている会社は非常に多いですね。しかし時代の流れなどの背景や、自分たちができることなどを踏まえた「物語」がないと、せっかく理念をつくっても伝わらないんですよね。

そのためには、やはりビジョンやミッションをつくる段階から、できるかぎり多くの人の話を聞いて、できるかぎり多くの人を巻き込んでしまったほうがいい。会社のステークホルダー全体を巻き込みながら、自分たちのあり方を考え直していったほうが、理念浸透の段階で悩むようなこともなくなるでしょうね。

【NPO代表に聞く】御社の経営理念が「額縁のありがたい言葉」から抜け出せない理由
小沼大地(こぬま・だいち)

NPO法人クロスフィールズ共同創業者・代表理事

1982年生まれ、神奈川県出身。一橋大学社会学部を卒業後、青年海外協力隊として中東シリアで活動。帰国後に一橋大学大学院社会学研究科を修了、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて勤務。2011年、ビジネスパーソンが新興国のNPOで社会課題解決にあたる「留職」を展開するクロスフィールズを創業。2011年に世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Shaperに選出。2014年、日経ソーシャルイニシアチブ大賞・新人賞を受賞。新公益連盟(社会課題の解決に取り組むNPOと企業のネットワーク)の理事も務める。著書に『働く意義の見つけ方──仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)がある。