四川省成都市が
第81回世界SF大会を主催することに
まず、『三体』を連載していたSF雑誌「科幻世界」が本拠地としていた四川省成都市を「科幻之都」(SFの街)と命名。続いて「科幻世界」の出版社と成都市共産党機関紙発行元などが「成都市科幻(SF)協会」を設立し、2023年度のヒューゴー賞発表授賞式を含む第81回世界SF大会(以下、ワールドコン)イベント主催権を獲得した。同市ではそれをきっかけとして、2025年までに1500億元(約3兆2000億円)規模の「メタバース産業チェーン」を作る開発計画を発表した。
そして昨年10月、その第一歩として落成した成都科幻館でワールドコンが行われ、第81回ヒューゴー賞の各受賞作品と受賞者が発表された。そこでは中国人作家、海漄(ハイヤー)作の『時空画師』(時空の絵師)が最優秀中編小説作品に選ばれ、明るい話題を振りまいた。
ところが、いつもなら受賞式後数時間以内に公開されるはずの投票経過報告が遅れに遅れたのだ。ヒューゴー賞の規約が定めた期限「90日以内」のギリギリ、2024年1月20日にやっと投票経過報告が公開された。
待ちわびたファンたちはそこで、昨年度の有力候補と見なされていた幾つかの作品が、なんと途中でノミネート資格を剥奪されていたことを知らされた。その結果、SFファンの間から「ヒューゴー賞に、中国政府の政治介入が行われた」と激しい怒りの声が上がり、同賞史上最悪のスキャンダルに発展している。
複数の有力作品が、
投票対象から外されていた
問題となったのは、R.F.クアンの長編小説『バベル』、ニール・ゲイマン原作で制作されたNetflixのドラマ作品「サンドマン」および最優秀新人作家部門に名前が挙がっていたシーラン・ジェイ・ジャオ、そして最優秀ファンライター部門で有力視されていたポール・ワイマーが、それぞれ次の段階に進むことができる得票数を集めていたにもかかわらず、途中で「Not eligible」(ノミネート資格なし)と判断され、次のラウンドの投票対象から外されていたことだった。
ヒューゴー賞は英語で出版された作品を選考対象としており、上記の作品はどれも日本語に翻訳されていない。作品及び作者も日本人にはあまり馴染みがないと思うので、以下、資料を基に簡単にご紹介する。
『バベル』はニューヨーク・タイムズ紙でベストセラー大賞に選ばれた一冊で、イギリスでも2023年度フィクション大賞を受賞した。さらに2023年にはヒューゴー賞と並ぶSF大賞の双璧「ネビュラ賞」の最優秀小説賞にも選ばれている。作者のR.F.クアンは1996年中国広州生まれ、4歳の時に家族で米国に移住した。前作の『ポピー・ウォー』『イエローフェイス』も高く評価されており、『バベル』は彼女の中国名「匡霊秀」で中国国内でも翻訳出版されている。
「最優秀新人賞」部門に名前が挙がっていた、シーラン・ジェイ・ジャオも中国出身。小学生のときにカナダに移住している。注目のデビュー作『アイアン・ウィドウ』(邦題は『鋼鉄紅女』)はすでに日本でも翻訳出版されており、やはりニューヨーク・タイムズ紙上でベストセラー大賞に選ばれ、2021年の英国SF協会賞の若年読者向け作品部門を受賞した。彼女自身はコスプレーヤー兼YouTuberとしても活動中だ。
ニール・ゲイマンはイギリス人コミック作家、脚本家、劇作家で、これまでにヒューゴー賞、ネビュラ賞など多数の受賞経験がある。今回対象となった「サンドマン」はアメリカで出版されたコミックをゲイマン自身が総指揮をとり、Netflixが映像化した。
そして最優秀ファンライター(アマチュアライター)部門に名前が挙がっていたポール・ワイマーは、過去何度も同部門の最終候補にノミネートされてきた著名アマチュア作家。彼が編集者として参加しているSFファン雑誌「Nerds of a Feather」も昨年度の最優秀ファン雑誌賞の次点だった。
この4人は、多くの人たちが最終ノミネートまで歩を進めるだろうと予測していたにもかかわらず、途中で「ノミネート資格なし」として排除されていた。また、その理由も、また誰が判断したのかも、投票統計(PDF)には書かれておらず、SF関係者の間から大会運営者に対して説明を求める疑問の声が巻き起こった。