2023年10月、四川省成都ワールドコン
決定のドタバタ舞台裏
ヒューゴー賞は、長編、中長編、中編、短編のそれぞれの小説部門だけでなく、シリーズ部門、関連書籍、編集者など小説出版のほか、ドラマや映像、グラフィック、さらにはセミプロやアマチュア(「ファン」と呼ばれる)など、SF出版に関わる裾野の広い17の賞が設けられている。
運営統括はワールドコンの運営母体である非営利団体の世界SF協会(WSFS)が行い、毎年の地区主催者と協力して運営が行われている。受賞の選考は、日本の芥川賞や直木賞のような選考委員によるものではなく、全ての賞は授賞式に先立って開催されるワールドコン参加者の投票によって決定する。
投票の手順は、例年1月から3月にかけて予備投票が行われ、そこでは前年のワールドコン参加者が投票する。そして選出された最終ノミネートが4月に発表され、その年の夏に行われるワールドコン参加者が最終投票を行うことになっている。
だが、昨年のワールドコンは例年より遅い10月に開催された。それは、会場となる予定だった成都科幻館の竣工(しゅんこう)が間に合わなかったからだとされている。
ただ面白いことに、2021年の米ワシントンで開かれたワールドコンで成都市SF協会が2023年度の主催申請をしたものの、ライバルのカナダ・ウィニペグが有力視されており、「彼ら自身もまさか獲得できるとは思っていなかったようだ」と多くの人たちが証言している。というのも、本来なら主催権獲得後すぐに発表される大会委員名簿や、参加者のためのホテル情報や会員価格などの発表が行われなかったからだという。
さらに今回のトラブルの後に噴き出した、ワールドコン関係者たちのブログや記事を読むと、この開催地決定時の投票では、通常の投票とは違い、住所や所属が書かれていない「出どころ不明」の票が大量に出現したらしい。だが世界SF協会がそれを受け入れた結果、成都に決まったということだった。
その後、開催までの21カ月の間、実際にトラブルも起きた。主催者である成都側が発表した大会ゲストに、劉慈欣とともに、西洋社会ではほぼ無名の、ロシアの体制派SF作家の名前が書かれていた。プーチン大統領の熱狂的な支持者であり、ウクライナ侵攻に関しても扇動的な発言をするこの作家をゲストに招いた成都ワールドコンに抗議し、ノミネートへの辞退を発表した作家も出ている。
だが周囲の不安をよそに、昨年10月18日にどうにか成都ワールドコンが開幕。それと同時に世界から集まってきたSFファンを狙って、中国当局は「SF産業発展サミット会議」を主催し、「SFの街成都」の紹介や、SF産業関連事業契約の締結式などを開催した。この様子を中国共産党の機関紙「人民日報」では、「成都は『SF産業チャンスリスト』を発表し、40もの重大プロジェクトを明らかにし、総額約380億元(約8000億円)を投資するとした」と報道している。