身体で「感動」を知っている会社

──ヤマハ発動機のブランドに関わる言葉は、企業目的の<感動創造企業>をはじめ、<人機官能>とか<発・悦・信・魅・結>など、印象的なものが多いですね。

 言いたいことが多過ぎるんだと思います(笑)。それがうちの会社のキャラクターというか、良くも悪くも自主性があって、要は人の言うことを聞かない。与えられた言葉をうのみにしたくない人間が多いから「俺ならこう言う!」と、どんどんバリエーションが増えていくんです。ただ、これ以上は増やさず、社内に根付いた言葉を再定義していこうとしています。

 特に社内に浸透している重要な言葉が「感動」です。シンプルな言葉ですが、伝えるのは難しい。ぴったりの翻訳語もないからグローバルでも理解されづらい。そこで今、「NEXT KANDO ACTIONS」と名付けて、社員が自主的にやっていることが実は感動を生んでいる……というケースを、「感動創造企業」を体現するストーリーとして拾い上げようとしています。

鍛錬を娯楽に──「デザインのヤマハ」が次にチャレンジする体験価値づくりTakuya Kinoshita
ヤマハ発動機 執行役員/クリエイティブ本部長
1967年福岡県生まれ。90年九州大学工学部を卒業後、ヤマハ発動機入社。モーターサイクル(MC)事業本部にてさまざまな役職を経て、2018年1月に同事業本部長に就任。同年3月執行役員。2021年3月上席執行役員。2022年1月にクリエイティブ本部長に就任し、製品・イノベーションに関わるデザインおよび企業ブランディングを統括する。
※写真の「道」「楽」「音」「森」の書は、書家・坑迫柏樹氏による作品。

──スローガンが具体的な行動に結び付かない、浸透しない、という企業の悩みはよく聞きますが逆ですね。

 そうですね。多分、私たちのビジネスが「身体性を伴う遊びの道具」が中心だからかな。オートバイもそう、モーターボートもそう。同じヤマハブランドを共有している楽器もそうです。だから社員はみんな、言葉で説明できなくても、身体で「感動」を知っている。ヤマハ発動機の創業者・川上源一は、「『生活を楽しむ』ことを広げなければいけない」という言葉を残しています。歴史を振り返れば、1955年に発売した最初のオートバイ<YA-1>からずっと、楽しむ体験にいざなう製品やサービスを提供してきました。この地球上に「感じて動く人」を増やすのが「感動創造企業」かな、と思っています。

──「モノからコトへ」と言われるようになるずっと前から、体験価値を大事にしてきた印象があります。

 製品そのものの性質がそうさせているんでしょうね。オートバイって、移動した先にいいことがあるというより、乗ることそのものがイベントです。走りだしたら休憩もしたくないほど過程が楽しい。これは楽器も同じで、「どう乗るか」「どう演奏するか」がそのまま人間性の表現になる。モノだけど、人間の体験と不可分なんです。これからはもっと人にフォーカスしたコミュニケーションのやり方に変えなくちゃいけない。

 19年に発表した長期ビジョンでは<ART for Human Possibilities>というスローガンを掲げました。ヤマハ発動機は、人間の可能性を広げるモノやサービスをユーザーに託して、「鍛錬の娯楽化」に取り組み続けますと。体を使って遊ぶって、いわば人間性の鍛錬です。鍛錬だけど楽しいし、楽しみながら成長していく。こういう再定義をクリエイティブ本部から発信し、そうした意識を持つユーザーの行動をアシストしていきたいと思っています。

鍛錬を娯楽に──「デザインのヤマハ」が次にチャレンジする体験価値づくりYA-1 @ヤマハ発動機