行動変容の後に着目していく
──<ART for Human Possibilities>の策定に、クリエイティブ本部が大きな役割を担っていたようですね。
議論を活性化する役割として、クリエイティブ本部が関わる機会が増えています。特に、ビジョンメーキングなど、答えのないテーマを探っていくのがデザイナーは得意です。議論の全体像を「それってこういうことですよね」と可視化できるし、たとえ技術的に不成立だったり、ビジネスとしては無謀だったりする青くさい意見もためらわずに言える。そこから未来への方向感が生まれてきたりします。
会社の中期経営計画は3年単位ですが、製品の開発計画はその先プラス3年、つまり6年程度先を見据えて動いています。一方、クリエイティブ本部はそれにさらに3年をプラスした、
──製品デザインを手掛けるデザイナーの役割や動き方に変化はありますか。
今後のオートバイのデザインの方向性については、デザイナー自身がかなり深く議論しています。「今求められている価値は何か?」「これからの提供価値は何か?」「どんなUX(ユーザー体験)が必要で、それをどうデザインするか?」「マシンの性能を上げるより、ライダーが上手くなることの方が大事じゃないか?」といった問いへの答えを追究しています。
今後、AIの研究が進むと、AIにできて人間にできないこと、人間にできてAIにできないことが明らかになっていきますよね。すると、人間は人間にしかできないことをやったり、楽しんだりすることがますます大事になっていく。オートバイも楽器もそこに貢献できるものだと思います。
──より意識的に、「製品」よりも、それと共に変化する「人間」に着目していくということですね。
これまでもヤマハ発動機は、新しいコンセプトでユーザーの行動変容をサポートしてきました。国産オフロードバイクの原点<DT-1>はオフロードブームを巻き起こしたし、スクーターとスポーツバイクを融合させた<TMAX>は、革靴でおしゃれに街乗りする人を増やしました。ただし、ユーザーの「行動が変わった後」にタッチできていなかった。体験価値を重視しているといいながら、これまでは、オートバイという「モノ」の所有権移転の対価として数十万円を払ってもらうというビジネスモデルだったんです。これだけでは、買っただけで乗らなければ体験価値はゼロです。
本当に私たちが提供したいのは、ウェルビーイングという「ありたい姿」より、ウェルムービングとか、ウェルプレーイングなんですよ。途中が楽しい。であれば、そこにいざなうプロセスまでビジネスに含めたい。オートバイのリプレースは年間約500万台。6年間で少なくとも延べ3000万人ものユーザーがいるわけで、規模感としては十分ビジネスになると思います。今後は、サービス部分をもっと磨いてユーザーにタッチしていかないといけないし、そこまで含んだビジネスモデルを作らないといけないと思っています。