「自炊は大変だよね」というシェフの声が聞こえてくる

 こうして見ていくと、前述した書籍『「ラ・ベットラ」落合務のパーフェクトレシピ』に比べると『落合式イタリアン』は、かなりはしょられたレシピになっているのは事実。

 ですが、前述の通り、筋を通しているので、奇抜なイタリア風ではありません。

 あくまでもイタリア料理の本筋を守りながらも、手早く、無駄なく作るための緩急をつけたノウハウの集大成であると思います。料理を大げさにとらえて身構える必要はまったくないのだけれど、それでも毎日自炊するとなると大変だよね、省けるところは省いたから安心して、本の通りに作ってよ、という落合シェフの声が聞こえてきそうです。

 そう、本書の魅力をあえてもうひとつ加えるならば、口数が多いレシピである、という点。

 厨房にいる落合シェフの声が聞こえてきそうなレシピなんです。口数が多いということは、言わなきゃいけないポイントが明解に言語化されているということですから、それはちゃんと耳を傾けなければもったいないですよね。

 例えば「自家製サルシッチャ」のレシピにこんな記述があります。
「ハーブや薬味を刻む」という説明で、「まな板の上にオリーブオイルを少したらしてのばし(こうすると切った材料が飛び散らない)~」と書いてあったら、「へぇーっ!」となりませんか?

プロが本気で「家庭料理」に向き合ったらどうなる…? 手早く無駄のないノウハウの集大成「自家製サルシッチャ」イタリアのソーセージが冷蔵庫にあると本当に重宝するんだ、と手作りを推奨をするシェフ。といっても、豚ひき肉で作れる簡単さ。刻んだハーブを混ぜ込むのがおいしさの秘訣だそう!

 また、「~たまにフライパンを斜めにして、角が油に浸かるようにして揚げてね」と、少ない油で揚げ物をするコツが書いてあったり、パスタをゆで始めるタイミングがレシピごとに異なっていたりとか。
 仕上がりをイメージして作るから、どこが最適なタイミングなのかを知っているプロの経験を教えてもらえるわけです。

 こうした注意喚起は料理に慣れた人ならわかることでも、初心者にとっては言われなきゃ気づかない点です。はしょらずしっかり指摘してくれるから、「本を見ながら作ったのになんか味が決まらない」のような失敗を避けることができます。

 先に読んでシミュレーションして台所に立てば、必ずおいしいイタリアンがちゃんと作れるのは間違いないですから、そうして本書と向き合っていると、はじめて落合シェフの本を手に取った読者でも思わずファンになってしまうのではないでしょうか。

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 すでに本書は「発売2週間で3刷」「Amazonランキング総合1位」などレシピ本として、異例の売れ行きを見せています。

 レシピを教わるための目的はもちろんのこと、落合シェフ初心者のために、シェフの半生やイタリア料理への想いがまとまったコラムも充実しているのも見どころ。これも、プロの料理人の料理本ではあまりない構成ですので、シェフのファンブック、つまり「推し活本」にもなり得るなあと思います。

 本を見ながら料理しているうちにいつの間にか落合シェフ料理の弟子になっていて、いつの間にか誰かに言いたくなって、いつの間にか落合シェフを応援している自分に気づくかもしれません。

 本書を通して、自炊を始めるきっかけにしたり、料理上達のヒントに活用していただければ、料理本を愛する者として嬉しく思います。