日中は施設に通っていても、朝と夕方以降の生活の世話は欠かせません。今は元気だから大丈夫だけれど自分たちが年老いたら、あるいは介護を受ける身になったら、いずれは先に死ぬことになるそのときに子どもはどうなるのかと考えるのは当然です。

 安心して子どもを任せる場所が欲しい、そうでなければ死んでも死にきれないというのが保護者の正直な気持ちでした。子どもが小さく、自分たちも若いときなら気づくこともありません。

 しかし保護者が60歳を超えるようになると不安はリアルなものにならざるを得ません。ぜひ入所施設はつくらなければならないと思いました。

 実は通所型授産施設の開設のあと、社会福祉法人として今後何をするかということを私はまったく考えていませんでした。

 入所型となると、24時間365日、家庭にいるのと同様の障がい者の世話ができなければいけません。建物には個室や二人部屋などの独立した居室の用意が必要で、厨房や食堂、お風呂などの設備も整えなければなりません。

 スタッフもシフトを組んで24時間常駐することになります。通所型とは異なり、規模の大きな取り組みになるのです。

 しかし、切実な入所施設の要望があることを知りながら、何もしないわけにはいきません。ニーズに応えること、そのために知恵を絞ることが、社会福祉法人の仕事です。

 できる、できないを自分の都合で判断し、その範囲を基準にこちらから利用者を選別するのでは、従来の「措置」時代の社会福祉サービスの提供スタイルと変わるところがありません。

 難しいことは承知で、挑戦してみようと思いました。

 再び土地探しからです。今度もパステルに土地を提供してくれた自治会長の金原さんが、隣接する所有地を提供してくれることになり、その土地を購入して建設することにしました。

 当時は障がい者入所施設の定員の上限が20人だったので定員いっぱいの大型の施設にしました。設計も運営体制づくりや職員の配置も通所型の施設とはまったく異なりますから、初めてのことも多く試行錯誤はありましたが、法人設立3年後、2001年に入所更生施設「ホーム宙(そら)」(現・障害者支援施設)を開設しました。