少なくとも3カ月、長ければ半年がかりで、利用者の個性をつかんでいきました。その利用者がどういうときにどういう表現をするのか、じっくりと観察するのです。

 こんなことを言うとにっこりする、こんな言葉を掛けると嫌な顔をする、気に入らないときはこんな表情になる、困ったときはこんな仕草をするといったことを丁寧に見ていきます。何があっても絶対に怒らない、これも大事です。

 こんな利用者がいました。言葉がなく、比較的重度の知的障がい者で、うれしいと感じると物を投げるのです。最初はそれがうれしいということの表現であると分からず、スタッフも「物を投げてはだめ」と注意していました。

 ところがよく観察していると、明らかにうれしいときに投げるのです。そういう表現もあるということは私たちにとっても新たな学びでした。それからは私たちも一緒に楽しく物を投げました。すると利用者もますます笑顔になります。そして物を投げなくても意思が伝えられることを分かってもらいます。辛抱強い試行錯誤のなかでついに心が通じたときの喜びはこの仕事ならではです。

 本人のあるがままを受け入れることは、施設を運営するうえでの私のモットーでした。悲しいときには悲しい顔になり、うれしいときにはうれしい顔になり、暴れたいときには暴れる、周りの目を気にすることはありません。

 自分を抑えることとは違う体験が、成長を促し、笑顔の時間を増やしていくと考えていました。これは、利用者の皆さんの自己実現へのプロセスなのです。

 第1のステップは、利用者一人ひとりの「自己表出」で発達の基礎を固める時期です。どんな表出の方法も受け入れて利用者の心の居場所をつくります。

 第2のステップは「自己理解」で本人なりに学び育つ時期となります。自分を表出し、周りの人から褒められることや注意されることを通して自分のことを理解できるような環境をつくります。

 そして第3のステップとして「自己受容」という自分らしさを見つける時期で、心の発達が見えてきます。このように自分を表出するところから人との関わりを深め、「自己決定」という豊かで自立的な生活を過ごす時期をじっくり、ゆっくり待つ「笑顔のパステル」を夢見ての開設だったのです。