所有する不動産を相続の前に子どもに贈与しておきたい、あるいは、判断能力が衰えないうちに老後資金に変えておきたいと考える人も少なからずいる。だが、不動産を贈与すれば相応の税金が課せられるし、売却すれば社会保険にも影響が出る場合もある。生前対策で思いがけず困った状態に陥らないためにも、不動産の所有権移転に関する税の仕組みを確認しておこう。(ZEIKENメディアプラス 代表取締役社長 宮口貴志)
子を思う親心がむしろ裏目に!?
不動産贈与の「お尋ね」が来た
3月は年度末で何かと慌ただしい。著者もここのところ今年度が期限の仕事に追われて多少滅入っていたが、そんな折だった。知り合いのAさんが血相を変えてオフィスに飛び込んで来たのだ。「ご無沙汰しております……」というあいさつを聞き入れる間もなく、Aさんは著者の目の前に1枚の文書を突き付けた。税務署から送られてきた「お尋ね」(後述)である。
よく見ると、宛名はAさんの娘さんになっている。「娘にマンションを譲っただけなのに、何で今さら税務署に申告をしなきゃいけないんだ?」「申告したら必ず税金を取られるのか?」「娘が税金を払わなくていい方法はあるのか?」と一方的に浴びせかけるAさん。しばらくして「まぁまぁ」ととりなし、ようやく事情を聞くことができた。
Aさんは80代半ばで一人暮らし、娘さんは50代の専業主婦である。ちょうど1年ほど前、資産として持っていた都内のマンションの一室を娘に譲るべく、不動産業者に頼んで登記簿の名義変更をしてもらったそうだ。
「いやAさん、これは贈与ですよ。マンションを譲り受けた娘さんは税務署に申告して、不動産の価値に応じた贈与税を納税しなくてはいけません」と説明すると、「税金なら娘が『通知が来た』と言うのでもう払った!」という答えが。それはきっと、都から送られてきた「不動産取得税」の納付通知のことを言っているのだろう。
「何にせよ、プレゼントした家の税金を娘に払わせることはできない。税金がかかるなら俺が払ってやる」とたんかを切るので、「いや、それも贈与ですよ。娘さんに納税資金をあげたら、さらにそのお金にも贈与税が発生しますよ」と再び説明した。Aさんはいよいよ納得しない。「俺の金だから、使い方は自由だろう。税金を払うのに何の問題があるんだ?」と独自の納税理論でまくし立ててくる。
最後は話し疲れて「じゃあ、どうすればいいんだ」と言ったが、何かアドバイスといっても……いかんせん贈与した後である。それに、今年の贈与税申告期限(*1)はすでに過ぎているため、無申告加算税などのペナルティーが課される可能性だってある。こうなると、後は専門家の仕事だ。Aさんには税理士を紹介し、最適な納税方法を一緒に考えてもらうことで、その日は何とか気持ちを抑えてもらった。
高齢化が進む今日、メディアにも「相続」「贈与」という言葉が頻繁に登場している。ところが、「うちは税金払うほど資産がないから」「子どもに現金をあげただけだから」と、「自分は相続税や贈与税とは無縁」を決め込む人も多いようで、Aさんのようなケースも決してあり得ない話ではない。
いざとなったら何とかなるさと、普段から親子で資産継承について話し合う人はほとんどいないだろう。特に、相続は親が亡くなったら……の話だけに、親子双方ともに切り出しにくいもの。そこで今回は、Aさんのように、生きている間に不動産を子に譲る場合や、子に譲らず売却処分する場合に起こりがちな問題について考えてみたい。
*1 贈与税申告期間は、財産をもらった年(1月1日~12月31日)の翌年2月1日~3月15日