そうおっしゃった途端、私はホッとして、すっかりリラックス気分になりました。ヨレヨレのふりをなさりつつも森繁節は健在であったことがわかったのです。

 とはいえ、ときに私の質問をはぐらかしたりからかったり。真面目な話になりかけると、「お芝居の話ばっかりしてますが、それでいいんですか?もっと面白い話しようよ」と。なかなかこちらの聞きたい話題に入ることができない。そのあげく、森繁さんの口から飛び出したのは、こんなお話でした。

森繁 僕は俳優さんたちに、宴会があったら、そこで必ずエロ話をしろと。これを嫌がる人はいないし、お喋りのコツが分かってくるから、是非やりなさいと。

阿川 ほおっ。

森繁 これはロシアの話。ニコライ二世が鹵簿(行幸、行啓の行列)でずーっとクレムリンの通りを走って行った。一人の男が爆弾を仕掛けて、それを踏んだ瞬間にズドーンッ、皇帝が乗った鹵簿は木っ端微塵になりました。

阿川 はい。

森繁 慌てたのは後ろのほうに乗ってた侍従長。玉体影を認めず、どこへ飛んで行ったのかとうろうろ探したら、大きな街路樹の傍にペニスがダーンと落ちている。それをハンカチに包んで持って帰り、皇后陛下に「かくかくしかじかの不祥事が起こりまして、留めます玉体は……」と、ハンカチを開けて差し出したら……。

阿川 それで?(笑)。

森繁 皇后陛下が「違います。それは運転手のです」(笑)。

書影『話す力 心をつかむ44のヒント』(文藝春秋・文春新書)『話す力 心をつかむ44のヒント』(文藝春秋・文春新書)
阿川佐和子 著

 そこで私が大声あげて拍手をしながら笑ったところ、森繁翁、やや冷静に、「あなたもお好きですね」だって。

 しかし森繁さんのシモネタは、つくづく風格に満ちておりました。

 以前、ピーコさんが岸田今日子さんの食事の召し上がり方について、

「知らないの、アンタ。今日子さんはね、ラーメン食べても、フランス料理を食べてるのかと思うほど上品に召し上がる人なのよ!」

 そうおっしゃっていたのを思い出しました。

 森繁さんは、あたかも詩歌を吟ずるかのごとく華麗に、「しれとこ旅情」を歌うときのように情緒を込めて、シモネタを語られる方でした。