翁 岩田さんが唱えていたのは、「超過準備を増やしても、金利はゼロにはならない」という説です。私は、「金融調節上、それは不可能だ。超過準備を供給してマネタリーベースを増やせば、金利はゼロまで低下してしまう」と説明しました。裏返せば、「金利をゼロにしてよければ、超過準備を増やして、ある程度、マネタリーベースはコントロールできる」ということになります。2001年に実際に量的緩和を実施してみたら、案の定、金利はすぐゼロまで落ちたわけです。
シティグループ証券株式会社取締役副会長。一橋大学大学院博士過程修了、経営法博士。北京大学日本研究センター特約研究員、慶応義塾大学グローバルセキュリティ研究所客員研究員などを兼務。2006〜2010年日経アナリストランキング日本株ストラテジスト部門5年連続1位。『はじめてのグローバル金融市場論』(毎日新聞社、2009年)、『グローバル通貨投資のすべて』(東洋経済新報社、2012年)など著書多数。近著に『金融緩和はなぜ過大評価されるのか』(小社刊、2013年)。
藤田 リフレ派を中心に、「FRB(米連邦準備制度理事会)は大胆な金融緩和を実施しているのに、日銀は消極的だ」という指摘もよく耳にしますが、米国系企業に属する私としては非常に意外に感じる見方で、明らかに間違っていると思います。
釈迦に説法ながら、米国では、共和党を中心に金融緩和に対して批判の声が強まっています。当初、共和党の政権下において満場一致で選ばれたベン・バーナンキFRB議長ですが、2010年に再選された際には上院で100票中30票という歴代最高数の反対が出て、そのうちの18票は共和党が投じたものでした。バーナンキがもともと共和党員にもかかわらず、です。そして現に、米国のマネタリーベースの対GDP比は、日銀の半分程度にとどまっています。批判の声に配慮し、巷で言われているほど極端な緩和に踏み切っていないのが米国の実態です。
翁 準備預金を増やすことで通貨の供給量を増やすことを目的に緩和を行っているのがFRBのスタンスだと誤解されがちですが、QE2(米国の量的緩和第2弾。2010年11月〜2011年6月実施)以降、彼らは一貫して長期金利を下げる手段として長期債を買ってきました。
また、2012年の12月12日に新たにオープン・エンドの資産購入プログラム導入に踏み切った際に、記者会見の席でバーナンキ議長は「誤解のないように確認しておくが……」と前置きしたうえで、「中央銀行のバランスシート(貸借対照表)の大きさと、インフレ期待はまったく関係がない」と断言し、このプログラムがインフレ期待に影響しないことを強調しています。しかし、日本では、リフレ派の願望を投影するかたちで米国の金融政策が捉えられているように思えます。
藤田 まったく同感です。おっしゃるとおりで、これからインフレ率を高めることはないとFRBは言い切っています。日本のようにマネタリーベースを増やすという方針は、少なくともFRBやECB(欧州中央銀行)は打ち出していません。
翁 米国で、インフレ期待が高まってきているのでは、と言われていますが、資産購入プログラム導入後、足元まではむしろインフレ期待は少し下がってきています。FRBが現実にやっていることと、リフレ派の願望との間に大きなギャップが生じているので、どこかで精算すべきでしょう。
藤田 単純に通貨の供給を増やしても、その分だけマネーストックが増えたりインフレ率が高まったりするわけではない、というのがリーマンショック後の世界の常識ですからね。