藤田 一方の1990年以降の金融引き締めに関しては、どのように捉えていますか? 私の専門である株式市場から見た場合、1989年の12月29日に日経平均が史上最高値をつけた地点がバブル経済のピークですが、その前日に三重野康日銀総裁(当時)が「公定歩合を引き上げる」と言い出して橋本龍太郎大蔵大臣(当時)と一悶着ありました。

 1990年に入って株価が39%も下落し、同年8月にはイラクのクウェート侵攻で原油価格が急騰しましたが、それでも日銀は1991年まで利上げを続けていきました。その翌年の2月に、金丸信自民党副総裁(当時)が「副総裁のクビを切ってでも利下げをさせろ!」と政治的圧力を強めて、ようやく金融政策を転換したわけですが、やはりこれは遅すぎた対応だったのでしょうか?

 当時の社会的な雰囲気としては、ある時点までは「高騰している地価を、どうにかして下げてほしい」という声がとても強かったと思います。今から考えれば、とんでもないことですがね。

 地価が下がりすぎると大きな金融システム不安が生じることが明確に理解されていれば、むしろ大胆な緩和をしたほうがよいと判断されたはずです。緩和テンポが遅かったとは思いませんが、金融危機という大津波を警戒していなかった分、普通の緩和しかできなかったということです。ただ、地価のピークは株価よりも1年半ぐらい遅行しましたから、当時の社会的雰囲気の中では、金融システム問題がわかっていたとしてもリアルタイムで大胆な緩和の判断を下すのはかなり難しかったでしょう。

 それから金丸さんの政治的圧力については、「実は下げたいと思っていたのに、金丸さんに公の場で言われてしまい(政治に屈したとみられるため)、下げにくくなって困った」と三重野さんは回想録に書いていましたね。

※対談日は、日銀が「量的・質的金融緩和の導入」を決定・表明した4月3−4日の金融政策決定会合前の3月27日でした。

(後編に続く)
次回は4月12日更新予定です。


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