「いなば」の記事は、本来もっと他メディアも追随して、大騒ぎになっていいはずの内容でした。本社のある静岡県内で勤務する予定だった一般職の女性19人のうち、少なくとも9割にあたる17人が入社を辞退していること。社宅完備と言っていたのに雨漏りまでするボロ家に複数人で住まわせようという扱い。そして、賃金も事前の募集要項より相当低い。今どき信じがたい内容でした。いなば食品は「責任者だった副社長が急死したため、社宅の改装予定が実行できていなかった」という趣旨のリリースを公開しましたが、経営陣が死人に責任を転嫁したようにしか聞こえません。

なぜ「ちゅ~る」には
騒動が波及していないのか

『週刊文春』は第二弾として、静岡の缶詰工場が保健所からの正式な許可を得ずに2カ月間操業していたという完全な法律違反も取り上げました。しかし、消費者が不買運動を起こしたり、テレビがCM放送を中止したりという事態には至っていません。

 この理由は、簡単に推察できます。いなば食品は缶詰などを主力商品にしていますが、ペットフードで人気がある「CIAOちゅ~る」などは、子会社の「いなばペットフード」で生産されています。今のところ、ペットファンには大好評の猫用「CIAOちゅ~る」や犬用「Wanちゅ~る」を手がけるいなばペットフードには、騒動が波及していないからです。

「缶詰ならば絶対いなば食品」という消費者は少ないと思われ、しかも食品に問題があったわけではありません。社長の後妻として入社した「女帝」がいつの間にか「会長」に出世し、社長の自宅の掃除まで社員にやらせているというのは確かにおかしい話ですが、それらによって消費者が直接被害を受けることはありません。

 社内は経営者一族の独裁状態らしいですが、これからも内部告発が続いて食品衛生上の問題などが明るみに出ない限り、騒動はこのまま収束するようにも見えます。いや、独裁的経営者やオーナー経営者は、大体そういう希望的観測にすがり、何もしようとしません。

 しかし、いなば食品のこの問題はすでに日本中に知れ渡り、突然大きな騒動に発展する可能性を秘めていることは間違いありません。人材を大事にせず、募集要項で嘘をつく会社が、ペット用の食品だけは丁寧に扱っているとは、誰も思わないからです。