この大事な場面でマウンドに上がった鈴木投手の緊張はいかばかりだったのでしょうか。心や体が張り詰めた状態=緊張です。普段は交感神経と副交感神経が適度なバランスで釣り合っていますが、不安を感じると交感神経が優位になります。

 その結果、筋肉が緊張したり、あるいは、鼓動が速くなり、汗をかいたりと、体が反応を始めます。

 ベテランのプロ野球選手でも緊張するのです。ましてや10代の若者ですから、経験したことのない大舞台に緊張しないはずがありません。

 緊張して自分の体がこわばってしまった時に有効なのは、体から力を抜くことです。

 でも無意識のうちに入ってしまった力を抜くことは、簡単にはできません。

 一方、意識をして入れた力は簡単に抜くことができます。そこで、知らず知らずのうちに力んだり、身体に力が入ってしまったりした時は、拳を握ったり、眉間にシワを寄せたり、身体のどこでも構わないので、意識をして一旦力を入れてから抜くようにすると、無意識に入った力も合わせて抜くことができるのです。

 県予選から塾高の選手は試合中に何度かこの方法で緊張をほぐしていました。

 緊張はコントロールできるのだと一度知ってしまえば、どんな困難な状況になろうとしめたものです。

 塾高の選手たちは、ここぞという場面で緊張と上手に付き合えたからこそ、素晴らしい結果を出せたのだと思います。

目線を変えるだけで
緊張が緩和する

 横浜スタジアムで行われた2023年夏の神奈川大会決勝。横浜高校との試合は、日本一の激戦区ともいわれる神奈川県の決勝にふさわしい素晴らしいゲームとなりました。

 渡邉千之亮君の逆転3ランで勝ち越して1点リードで迎えた最終回。この回からマウンドに上がった松井喜一君は、先頭から打者ふたりを打ち取ったものの、続く俊足の1番打者にストレートの四球を与えてしまいます。

 森林貴彦監督は、すかさずキャプテンの大村昊澄君を伝令に送ります。

 選手の緊張をほどこうとする大村君と、それに笑顔で答えるナイン。すると一塁手の延末藍太君が右手を空に向かって掲げました。