大村君が伝令に向かった時刻はちょうど午後1時。この日は快晴で太陽がほぼ真上にありますから、太陽の位置を確認しようという目的があったそうです。
延末君のそれを合図に、皆が一斉に顔を上げました。
私はその瞬間、小さく息を飲みました。おそらく意図していなかったこの行為が、彼らをプレッシャーから解き放つきっかけとなったことを確信したからです。
緊張を抱えた時というのは、自分の内面に意識が向いています。
ですから、そんな時は、自分自身から意識をそらすことがとても大事なのです。
たとえば、目の前にある物や、窓の外の木など、何でもかまいません。自分以外に意識を向けると、知らない間に緊張がおさまっています。
人間は見たものに気持ちを引っ張られます。視覚とメンタルは連動しているからです。トップアスリートたちは、目線をコントロールすることでメンタルもコントロールしています。
塾高の選手たちは、筋弛緩法だけでなく、この緊張緩和の方法も実践していたのです。気持ちを落ち着かせた松井投手と選手たちは、最後の打者も無事に内野フライに打ち取り、見事5年ぶりの夏の甲子園の切符を手にしました。
吉岡眞司 著
彼らが実践した空を見上げるシーンは、実際に甲子園でも生かされました。
3回戦、広陵戦の延長タイブレーク。10回2死満塁のピンチで伝令役の安達英輝君がマウンドに向かうと、みんなで甲子園の青空を眺めるようにうながしたのです。
試合後のインタビューで「安達が落ち着かせてくれたことが良い結果につながった」と選手が話していたのが印象的でした。
緊張した場合は、真正面から向き合わなくてもいいのです。上手に緊張を受けとめながら、適切にコントロールすれば良いわけです。