渡部恒雄氏「トランプはタダ乗りするお荷物の同盟国が嫌い」もしトラで日本はどうなる?Photo:Pool/gettyimages

笹川平和財団上席フェローで、米国の外交・安全保障政策、アジアの安全保障の第一人者である渡部恒雄氏と、人気連載『組織の病気』著者の秋山進氏が、激動の世界情勢、今後の米国の政治動向などについて語り合った対談の後編。「もしトラ」の場合、トランプ元大統領は「台湾を中国とのディールに使うこと」はありうるのか、日本がとるべき方策はどういうものかにまで話題が広がった。

前編はこちら>『渡部恒雄氏「トランプの野望は復讐と保身」もしトラで“裏切り者”はどうなるのか?』

起こっている良いことはすべて自分の功績、
悪い事はすべて他人の失敗

秋山進氏(以下、秋山) 米国の移民政策についておうかがいしたいです。「移民を排斥するのはけしからん」というのは簡単です。しかし、例えば、今インバウンドで潤っている日本の地域でも、来日してくれる人全員が移民となって日本に定着したら、おいそれと、来日する人を歓迎できるとは言えなくなると思うのですね。

渡部恒雄氏(以下、渡部) まさにメキシコ国境からの不法移民の流入をいかに押し止めるかということが共和党の主張となり、今回の米国大統領選挙の争点になりますね。例えば、欧州でも、フランス極右政党である、国民連合第2代党首だったルペン氏などは、トランプと共闘したいと考えるでしょうし、欧州では移民排斥をうたう右派の政治家が台頭しています。

 米国のメキシコ国境からの移民対策に関しては、長い目でみると、共和党であろうが、民主党であろうが、これまでうまくいったためしがない。だから現職は不利です。この点で、トランプは運がいいし、今起こっていることを自分の手柄にできる。トランプは、8年前の選挙でメキシコ国境に壁を建設するという公約で大統領になりましたが、壁建設は未完のままです。しかし、コロナ感染対策を理由に、緊急対策としてメキシコ国境から流入する移民希望者を止めました。コロナが明けた後、バイデン政権としては、移民に寛容な党内左派の意向も考え、緊急対策を解除したので、爆発的に移民希望者と不法入国者が増えてしまった。

 客観的にみれば、トランプがメキシコ国境からの移民希望者の入国を止めていたことも、現在の入国希望者の爆発的増加の理由の一つです。しかも国境閉鎖を主張するトランプが大統領に来年復帰する可能性が、今の移民殺到に拍車をかけている(笑)。しかし米国民は今の現象しか見ませんので、トランプ時代の方が移民流入は少なく、政策をうまくやっていたと勘違いする。今、移民が殺到しているのはバイデンのせいだけではないのに。

 大きな目でみれば、この問題の根源は、中南米諸国の経済と治安が極めて悪い事で、母国で生命をおびやかされた人々が命懸けで米国に向かっている状況を変える必要があります。例えば、オバマ政権時代には、バイデンが副大統領として、コロンビア政府の麻薬組織との闘いを援助していました。直接の移民対策よりは、構造的解決がないかぎりと危機は収まらないのですが、目前の移民流入に危機感を持つ米国人に、そのような悠長な政策をいっても説得されません。

渡部恒雄氏「トランプはタダ乗りするお荷物の同盟国が嫌い」もしトラで日本はどうなる?渡部恒雄(わたなべ・つねお) 1963年福島県生まれ。1988年、東北大学歯学部卒業、歯科医師となるが、社会科学への情熱を捨てきれず米国留学。1995年ニューヨークのニュースクール大学で政治学修士課程修了。同年、ワシントンDCのCSIS(戦略国際問題研究所)に入所。主任研究員などを経て2003年3月より上級研究員として、日本の政党政治、外交安保政策、日米関係などを研究。2005年4月に帰国。三井物産戦略研究所主任研究員を経て、2009年4月から2016年8月まで東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員。10月に笹川平和財団に特任研究員として移籍。2017年10月より上席研究員となり、2024年4月より現職。外務省発行誌「外交」の編集委員などを歴任し、現在、防衛省の防衛施設中央審議会委員。報道番組「日経ニュースプラス9」(BSテレ東)、「報道1930」(BS-TBS)等で国際情勢を解説。著書に「国際安全保障がわかるブックガイド」(共著、2024年、慶應義塾大学出版会)、「防衛外交とは何か―平時における軍事力の役割」(共編著、2021年 勁草書房)、「2021年以後の世界秩序―国際情勢を読む20のアングル」(2020年 新潮新書)など。(撮影/平井雅也)

秋山 ここまで、お話をうかがって、ますます世界情勢は「複雑怪奇」という気がしてきましたが。

渡部 いえいえ、世界情勢が複雑なのは、今に始まったことではありません。第二次世界大戦勃発前夜、当時の日本の首相・平沼騏一郎は同盟関係を結ぼうとしていたドイツが、独ソ不可侵協定を結んだことで、「欧州の情勢は複雑怪奇なり」と言って内閣を総辞職しました。これは当時の日本の指導者が、アナーキー(無政府状態)な国際関係における国家の権謀術数を基本的に理解していないナイーブさと、決定的なインテリジェンス(情報と分析)の欠如を示しているだけです。

 日本は領土を海に囲まれた国で、ロシアのウクライナ侵攻のような陸上侵攻や米欧の国交からの移民殺到のような経験がない。それゆえに鈍感でナイーブなところもありますが、ある意味ではラッキーです。より厳しい環境にある他国の状況や考え方を理解するためのインテリジェンス能力を高めることで、日本は将来にわたって生き残っていけるはずです。

秋山 ただ、トランプが貿易(お金)にしか関心がないとしたら、中国が対米黒字を減らすなら、アジアで好き勝手をしてもいいというお墨付きを与えないか心配です。

渡部 確かにトランプは、台湾防衛に価値を見出していません。習近平とは通商問題についてディールをして米国の貿易赤字を黒字化して成果を上げたいと考えるかもしれません。台湾の防衛を中国とのディールの材料にすることは、すでに懸念されています。英エコノミスト誌は「もしトラ」のリスクの一つとして、トランプが習近平と台湾の帰属をディールの材料にしようとする一方で、トランプ周囲の専門家は、反中親台派が多いため、結果として米国が中国側に複雑なメッセージを送ることで、台湾海峡が緊張しかねないと懸念しています。私は同じ理由から、トランプは身内に反対が強い中国とのディールよりも、より達成が楽なロシアや北朝鮮とのディールを優先するのだろうと考えています。

秋山 一方で、中国は高齢化が進み、国内も不動産バブルの後始末で危うく経済も悪くなっています。米国のライバルとして存在し続けることができるのでしょうか。