トランプにとって中国とのディールは面倒

秋山 そんな中では、もし中国が尖閣諸島まで上がってきたとしても、知らんと言いそうです。

渡部 中国が尖閣諸島を占拠した場合の対処は、すべての米国の指導者に悩ましいジレンマを突き付けます。日本とともに軍事行動をすることで、中国との戦争に発展するエスカレーションのリスクを覚悟しなくてはならないからです。トランプに即して考えれば、日本と共に軍事行動を取らない理由は日本を見捨てることで、中国が何かトランプに(米国の、ではないですよ)大きな利益を与える場合ということになるでしょう。逆に日本を守ることで、トランプ個人が大きな利益を得るようであれば、それも選択肢であり、両国からの利益を天秤で測って考えるのではないでしょうか。日本は頭の体操をしておいた方がいい。少なくとも、彼には同盟関係を維持することが、米国の長期的な利益と力になるという発想はないはずです。

 ちなみに、尖閣諸島に関しては、日本は単独で守り切るだけの海上保安能力とそれをバックアップする海上自衛隊の能力があり、米国に頼るような状況にはありません。ただし直近の日米共同声明などでも、米国は尖閣防衛にコミットしており、米国との衝突を恐れる中国に対する抑止力になっています。日本はかつてのように自国の防衛を米国にすべて依存するような状況にはなく、日米で東アジア地域の安定を維持していくという方向に日米同盟は変質してきています。

 むしろ課題は米国の正式な同盟国ではない台湾の防衛です。日米同盟は、中国の武力による台湾統一を未然に防ぐような抑止力を維持していく必要があります。その点で、同盟の価値を理解しないトランプ登場は懸念材料です。

秋山 習近平にとっては、「核心的利益」である台湾は「絶対に損なわれてはならない」と言うくらい、なんとか米国と取引して、台湾を取りたい気持ちはあるでしょう。けれど、中国も経済的に苦しくなっている。中国の対米貿易黒字をなくすことは見返りになりませんか。

渡部 先にも述べましたが、トランプの優先順位としては低いでしょう。そもそも、中国に60%の関税をかけると訴えているトランプにしてみれば、わざわざ台湾を取引材料にしなくても、中国に一方的に関税をかければ済むことですからね。そもそもトランプが大統領になっても、すでに4年の大統領を経験している彼は、憲法上の制約で一期4年間しか任期がありません。おそらく確実に成果を得られるディールを急ぐでしょう。第一はウクライナとロシアの停戦のディール、第二が北朝鮮の金正恩の核開発停止のためのディールでしょう。ウクライナ戦争のもたらす被害は深刻ですし、北朝鮮がアメリカに届く核ミサイルを完成させるのは時間の問題ですから、もし達成できればノーベル平和賞ものです。

秋山 トランプの国内人気も沸騰する……と。

渡部 その実績をもって、自分に降りかかる訴訟関係を一切「チャラ」にする。

 トランプにとってはプーチンや金正恩とディールをするほうが楽な上に、米国の議会には、共和・民主共に台湾支持者が非常に多い。第二次世界大戦前にも、大陸を支配していた蒋介石率いる国民党のロビー活動が、ルーズベルト大統領と米国を親中反日にした。この流れをくむ今の台湾ロビーの米国議会への影響力はとても強い。トランプといえども、台湾を見捨てるのは一筋縄ではいかないはずで、優先順位は低いはずです。

秋山 確かに台湾は得るものがなさすぎるので、おっしゃるとおり、ウクライナの優先順位が高いですね。

渡部 4月後半、下院がそれまで止まっていたウクライナ支援の歳出法案をやっと通しましたが、実はトランプにとってはそれほど悪いことではない。今、議会がウクライナ支援予算を止めてしまえば、自分が大統領になったときに、ゼレンスキーを停戦のテーブルにつけるためのカード「停戦に合意しなければ、支援を止めるぞ」というものが失くなります。

 トランプは、ウクライナ支援に反対する態度をとっていましたが、途中からウクライナ支援は供与でなく融資ならやってもいいと態度を軟化させました。今回の支援法案は、一部融資の形にしてトランプを納得させました。トランプを説得してきたジョンソン下院議長は、共和党の強硬派から解任するとおどされていますが、トランプは彼を擁護しています。トランプも自分の対ウクライナカードを温存する意義を理解しているのでしょう。

秋山 停戦は実現するに越したことはないですが、トランプの胸三寸で動くとは、恐ろしい世の中になりますね。

渡部 何度も申し上げているように、トランプは戦争終結や核開発断念が主目的ではない。まとめる「ふり」で国民の自分への「視聴率」が上がればよい。最終的にウクライナとロシアの停戦が不成立でも、「トランプ劇場」という番組で自分の人気を上げて、訴追を帳消しにするような実績ができればいいわけです。

秋山 でも、それは結果的に米国のプレゼンスを下げることになりますよね。

渡部 おそらくトランプは、長期的な米国の評価や国益、共和党への信頼維持も、一切考えてはいません。終始一貫、自分の生き残りと利益優先です。しかも、トランプ支持者の多くは、それでいいと思っている。彼らは、現状の経済における貧富の差の拡大や、国内対策がおろそかになる世界への関与に不満を持っているため、トランプが、今の米国の体制を全部ひっくり返してくれることだけを期待しています。トランプが米国を建設的によい方向へ導いてくれることなどは、はなから期待していない。トランプがぶっ壊した後に、誰か別の人間が出てくるだろうくらいに考えているはずです。

秋山 だとすれば、一時期はかなりの混乱を引き起こすことになりますね。でも、まさにそれを米国国民は期待していると。そして短期的には日本にとってそんなに厳しいことにはならないというわけですね?

渡部 世界の混乱は日本にとっては深刻です。軍事的にも経済的にも、より自立する覚悟が日本人に求められるでしょう。ただし、トランプ再選となり、米国が日本に対して直接要求してくるものは、欧州や韓国と比べれば、それほど深刻なものはないはずです。安倍元首相は上手にトランプとつきあって、日米間ではトランプ政権での二国間通商交渉はすでに妥結しています。しかも、トランプの認識はともかく、政権の安保スタッフや米軍にとっては、日本は中国や北朝鮮と対抗するために最も重要な国です。トランプは金正恩を喜ばせるような在韓米軍の引き揚げは検討するかもしれないが、在日米軍の撤退はその先のことで、その頃には政権任期が終わっていることでしょう。

秋山 4年では引き揚げは無理ですね。

渡部 中国とディールするためにも、中国の目の前に軍事力を置いてにらみを利かせるのが効果的なことを、トランプはよくわかっている。大統領だった時、トランプは金正恩と何度か会談しました。正恩がなぜ交渉のテーブルについたかというと、米韓の軍事演習を相当頻繁にやって、北朝鮮が言うことを聞かなければ「世界が見たことがないような炎と怒りに直面する」(※)と脅しをかけたからです。

 トランプは同盟国を信用していなくても、自国の軍事力の効果は信じているし、脅しが有効なことも熟知している。在日米軍は長期的には要らないと思っているかもしれないが、日本がお金を出すなら置いてやってもいいし、在日米軍は中国や北朝鮮に脅しをかけることには有益だと思っているはずです。

※2017年8月8日トランプの発言