米国はアジアでどこか一国が強くなるとけん制する

渡部 米国は、中国が自国に代わる世界の覇権国となることまで警戒しているわけではないと思います。あくまでインド太平洋地域における中国の覇権に対抗し、今や世界の経済成長の中心となっているこの地域の米国の経済利益を確保することが目的だと思います。

 短期的には、中国の経済が悪くなって、追い詰められた習政権が、国民の不満を逸らすために台湾や近隣国に強硬姿勢を強めることも警戒しています。一方で、中国の経済停滞が続き、軍事力も弱くなり、軍事的な暴発のリスクが低下すれば、米国はむしろ中国の国内分裂によるリスクを防ぐために中国を助けるようになることも、長期的に視野を取ればあり得るのです。

 歴史から学べる米国の戦略は、ひとことでいえば、東アジアにおいて米国以外の覇権国の出現を防ぐことといえます。かつてロシアが南下して東アジアの覇権を狙っていた時代、米国は英国とともに日本のロシアとの戦争を間接的に支援しました。しかしその後、強くなった日本が中国大陸に「傀儡国家」の満州国を建国し、中国をコントロールしようとすると、逆に中国を支援して日本の覇権国化を防ごうとした。戦後は共産化した中国に対抗して日本との同盟関係を結び、70年代にはソ連に対抗するために中国との関係改善を行った。80・90年代は日本の強い経済力による日本の覇権化を懸念して、日米貿易摩擦の時代となった。

渡部恒雄氏「トランプはタダ乗りするお荷物の同盟国が嫌い」もしトラで日本はどうなる?渡部氏(左)と秋山氏(右)(撮影/平井雅也)

 今の米国の戦略は、中国の地域覇権を好ましく思わない日本とインドを、対中バランサーとして、バックアップする戦略を取っている。しかも日本は非同盟姿勢を貫くインドに比べても、「頼れる同盟国」という存在です。このような地政学的環境と米億の長期戦略姿勢は、トランプが政権に返り咲いても変わらないと思います。

秋山 東アジアのバランスを維持するカードのひとつが日本ということなんですね。岸田首相の訪米時の演説では、東アジアにおいて日米関係があるからこそ、この地域の安定が保たれているというようなことを言っていましたが、おそらくトランプにはそんな意識もない。

渡部 皆無ですね。トランプは歴史から学びませんし国家観もないので、一貫して同盟国が嫌いです。米国の経済と軍事にタダ乗りする単なるお荷物と考えている。同盟国のおかげで米国も恩恵を受けているという面は理解しないので、安全保障などはどうでもよく、金銭に換算できる目に見える利益にしか興味がない。当然のことながら、在日米軍のコストは米国の持ち出しだから、日本は負担費用以上に米国に金を出すべきという発想になる。

秋山 NATO(北大西洋条約機構)も嫌いですよね。かつては世界中に米軍がいて、警察の役割を果たすことで、トータルでは米国が得するという考え方があったと思いますが。

渡部 その考え方も米国では弱まっています。もともと、中西部に住む人達は、外国にいったこともなければ、米国が世界の安定を支えていることなどに興味はありません。むしろ、中流層は鉄鋼などの古い産業に従事し、ハイテク企業が収益を上げているグローバル経済からの恩恵に取り残されて、不満を持っている。トランプはそういう人たちの心をつかんだ。