対話によって、職場が安心できる場所になっていく

 田中さんは2016年4月に「任意団体 たすけあい」を創設した。社会的養護の実情について、Instagramでの発信や講演活動を行い、その後、2022年7月に、「一般社団法人 たすけあい」を立ち上げて、積極的な活動を続けている。そんな田中さんの根底にあるのは、「1人の“ありがとう”のために行動する」という揺るぎない意志だ。

田中 児童養護施設を出て、施設出身者や支援者など、さまざまな人たちと出会いました。みんなに共通していたのは、「施設のことを、(一般の人たちに)もっと知ってほしい」という思いでした。でも、みんなが日常のなかでそれぞれ発信していくのは、容易なことではありません。「それなら、私がやってみよう!」と思ったのが団体を立ち上げたきっかけです。

 現在の主な活動は3つ。1つ目は情報発信です。ウェブサイトとYouTubeで、普段はなかなか知ることのできない児童養護施設の実情について、私がお話をしています。2つ目は、施設を応援したい方と施設をつなげる寄付サイト「ナカソラ」の運営です。そして、3つ目は、大学生や教員の皆さん、地域の方々への発信です。

 敷居をできるだけ下げて、まずは、どんな方にも児童養護施設のことを知っていただくのが大切です。同時に、いま現在、施設で暮らしている子どもたちにも、「みんなのそれぞれの経験が、自分自身の強みになるよ!」と、私は自信をもって伝えています。

 公私ともに、児童養護施設の出身者と出会う機会が多い田中さんは、施設出身の若者の特徴のひとつとして、人間関係の構築に苦労するケースが多いことを挙げる。全国規模の調査(*2)において、施設出身者は一般家庭の出身者よりも離職率がやや高いという結果が出ているのも、そのことと無関係ではないかもしれない。

*2 特定非営利活動法人ブリッジフォースマイル「全国的な離職率と施設生活経験者の離職率の比較」より

田中 施設での生活のなかで、職員さんに心をせっかく開いても、その職員さんが異動して会えなくなってしまうことがよくあります。幼い頃から、「誰かに心を開いても、その人がいなくなってしまう」という経験を重ねてしまうと、「心を開かない方が楽」と考えてしまうのです。実際に、職場の些細なことで行き詰まってしまったという施設出身者に出会ったことがあります。たとえば、「自己判断で進めた仕事に対して、上司から間違いを指摘されると、自分自身の存在が否定されたように感じてつらくなり、結果的に離職してしまう」といったケースも耳にします。

 働く者どうしのすれ違いを防ぎ、お互いが気持ちよく仕事をするために、職場では、「対話が何よりも大切」と田中さんは主張する。それは、施設出身者だけでなく、昨今の若い世代をはじめ、全世代の人にあてはまることだ。

田中 上司が指示したことと自分の思いがずれている、というのはよくあることですよね。そうしたときに、対話がないと、すれ違いがどんどん大きくなって、次第に話もしづらくなり、結果的に、部下である若手は「仕事を辞めたい」と考えがちになります。入社したての新人は、仕事のイロハを教えてもらうだけではなく、管理職や先輩社員との対話からしっかりした関係性をつくっていくことで、職場を安心できる場所だと感じるのではないでしょうか。