有能な人は、自分がどれだけ
有能なのか知らなかった

 しかし、ダニングとクルーガーの研究成果については、別の解釈をすることもできる。以下では、2つの可能性を検討してみたい。

 ダニングとクルーガーは、未熟で能力の劣る人ほど、自分を的確に把握する力(すなわちメタ認知能力)が低いと考えた。しかし、本当にそうなのか。

 これはすでに、ダニングとクルーガーの実験でも実証されているのであるが、テストやクイズの点数が低い人は、自分の点数がクラスのなかで何番目くらいなのかについて、実際よりも上位に評価するものの、自分の点数が何点であるかについては、的確に把握する傾向にあるという。点数の低い人は、自分の順位については自信過剰になるものの、自分の点数については的確に評価する。これはいったい、どういうことだろうか。

 ダニングとクルーガーの仮説を、日本で実証した研究がある。(4:西村(2018))被験者となった高校生たちは、英語のテストを受ける際に、自分の順位と点数を予想するように求められた。すると、下から4分の1の人たちは、自分の順位がもっと上であると予想する一方で、自分の点数については的確に予測した。ならば、上から4分の1の人たちは、自分の順位と点数を的確に予測したのかと言えば、そうではなかった。英語力がある人たちは、自分の順位と点数がもっと低いと予測したのである。

 英語力のある人たちはなぜ、自分の順位と点数を低く予想したのだろうか。彼/彼女らは、本当は自分の順位や点数を的確に把握できるのだけれども、謙虚であったため、自分の順位と得点を低く予測したのだろうか。

 ある研究によると、テストで自分の順位や点数を予想させる際に、それが的確だったらお金がもらえるようにしても、結果はあまり変わらなかったという。とすれば、能力の高い人たちは、謙虚だから自分の順位と点数を低く見積もるのではなく、認知的なバイアスがかかっていることになる。能力の高い人たちも、自己認知力には限界があるようだ。