人間は能力に関係なく
ふだんは自信過剰に陥りがち

 この実験結果で興味深いのは、能力の低い人たちのほうが、能力の高い人たちよりも、自分の点数を的確に予測していることである。つまり、能力の低い人たちのほうが、自分をよく理解している。ここから得られる教訓は、先に得られた教訓、すなわち「無能な人は、自分が無能であることを自覚すらできない」とは正反対である。すなわち、「有能な人は、自分が有能であることを自覚できない」ということである。これは「知の無知」と言えるだろう。

 ダニングとクルーガーの研究をめぐって、もう一つ別の解釈を引き出すことができる。バーソンとラリックとクレイマンは、2006年の論文で、興味深い教訓を引き出した。(5:Burson,Larrick and Klayman(2006))でこの論文によると、能力の高い人であれ低い人であれ、自分にとって中程度の難易度のテストを受けた場合には、自分の順位を的確に予測することが難しく、実際よりも高く予想していたという。つまり私たちは、中くらいの難易度のテストについては、能力の差に関係なく、自信過剰に陥ってしまうようである。私たちは、能力があれば無知を克服できるわけではない。

 私たちは、たとえ能力に恵まれていても、自分がどれだけ無知であるかを知ることはできず、「無知の知」の賢さに到達することができない。これは「能力の無知」と呼べるかもしれない。

 ダニング=クルーガー効果とは、無能な人は自分が無能であることを自覚できないという、「無知の無知」のことを指していた。しかし、その後の諸実験の成果を踏まえると、この効果の含意は、修正されなければならない。有能な人も、自分が有能であることを正確に理解できない(「知の無知」)。能力の高い人も低い人も、自分の能力について正確に把握する能力がない(「能力の無知」)。私たちは、知や能力の差に関係なく、自分を的確に把握することができないのである。