15年目の新聞記者に突然訪れた「腎不全」という宣告。人工透析を受けながら亡くなった人の腎臓の提供を受ける『献腎移植』を待つか、生きた人から提供を受ける『生体腎移植』にするかの選択に迫られた彼に対し、妻と母は寸分の迷いもなくドナーを申し出る。家族の支えと自身の葛藤の中で、移植への道を模索してゆく。※本稿は、倉岡一樹『母からもらった腎臓 生体臓器移植を経験した記者が見たこと、考えたこと』(毎日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。
医師から唐突に下された宣告
「腎代替療法を考える時期です」
2018年6月22日、月1回の診療日。季節は仕事の覚えを追い越して、とうに梅雨入りしていた。じっとしていても汗が流れる曇天の夏日。主治医の大塚裕介医師が言う。
「eGFR(編集部注/推算糸球体ろ過量。腎機能を表し、正常値は90%以上)は15%。血清クレアチニン値(編集部注/血液中の老廃物の量を示す。人工透析の目安は「5」以上)も3.93です。腎代替療法を考える時期に来ました」
「宣告」は突然だった。
虚を突かれたが、大塚医師の話は予想外の方向に進んだ。
「腎移植を考えてみてはどうですか?」
「えっ」と言ったきり、反応できない。移植など頭にない。大塚医師は淡々と続ける。
「透析よりも予後がよく、平均寿命も延びるというデータがあります。何よりお仕事をして、お子さんもいらっしゃる倉岡さんにとってメリットは大きいと考えます。人工透析を経ずに移植する『先行的腎移植』です」
残っている腎機能はたった11%
移植の話を受け、妻がドナー志願
先行的腎移植……。初耳だった。人工透析は腎機能の10%ほどを代わりに担うだけで、根本的な治療法としては腎移植が唯一の手段だという。一瞬、心が浮き立った。大塚医師が4月以降、人工透析という言葉は使わず、「腎代替療法」と話していた理由に得心がいった。でも、病気の責任は自分で取ると決めていた。すぐに高揚感は冷めた。
「血液透析にします」
感情を排した口調に意図を察したのか、大塚医師は諭すように言った。
「日本臓器移植ネットワークに登録して待ち、亡くなった方の腎臓の提供を受ける『献腎移植』もあります。近くの聖マリアンナ(医科大学病院)に腎移植外来がありますから、話だけでも聞きに行ってみては?予約はこちらで取ります。時期が来たら話しますね」
帰り道は気が重かった。