腎泌尿器外科で受け付けを済ませると、看護師の服ではない若い女性が歩み寄ってきた。移植コーディネーターだった。丁寧に腎移植の説明をしてくれた後、こう聞かれた。

「倉岡さんは、生体腎移植と献腎移植、どちらを選ばれるおつもりですか」

 横にいる妻の機先を制するように答えた。

「献腎移植です。血液透析をしながら待ちます」

 コーディネーターはうなずく。妻からは絶対にもらわない、という意思は固まっていた。

「倉岡さん」。名前を呼ばれた。「無理しないでね」。妻の言葉を背に一人で診察室に入ると、女性医師が座り、後ろに男性医師が立っていた。腎臓内科医の寺下真帆医師と主任教授だ。共に表情も口調も柔らかいが、話の内容は厳しかった。

他人の腎臓なら14年待ちの現実
「お母様はドナーになってくれますか」

 献腎か、生体か――。再び問われた。「献腎です。血液透析をして待ちます」と繰り返した。寺下医師は言葉を継いだ。

「献腎移植までどのくらい待つか、ご存じですか?」

 腎臓移植を希望する日本臓器移植ネットワーク登録者は2023年12月末現在で1万4330人いる。「最低14年は待ちますよね」。事前に調べていたから知っていた。

「ご存じですね。でも倉岡さんの血管は糖尿病で相当弱っていて、そこまで透析でもつか確証を持てません」

 寺下医師は続けた。

「生体腎移植を考えてはいただけませんか?」

 体中から汗がじっとりと湧くような気持ち悪さを感じ、口が開けない。そこへ「奥様を呼んできていただけませんか」と促された。

 何を言われるのか、百も承知だ。できれば呼びたくなかった。寺下医師が妻に同じ説明をした。妻は私と正反対に背筋を伸ばして、きっぱりと言った。

「腎臓を提供するつもりが、あります」

 また、言わせてしまった。動揺で意識がもうろうとし始めるが、妻からもらうつもりはない。しかし、寺下医師の話は別の方向に進んだ。

「奥様の思い、ありがたいです。ちなみに倉岡さん、ご両親はお元気ですか」

 67歳の母は元気だった。

「お母様はドナーになってくださるでしょうか?」

 母?いや、もう我が家では「祖母」ですが?