「僕が悪いんです。父の、言う通りですから。僕の中にがん細胞が生まれたのは、きっと、僕がもう死にたいと思ったからなんです」

 先生がゆっくりした口調で尋ねる。

「だから、がんを治療しないで、死んでしまおうと思ったのかい?」

「はい」

 あまりに人生がつらく、もう死んでしまいたい。これが彼の本音だったのである。

 それが明らかになったところから、先生とがんの若者との対話が、本当に始まった。

「死にたいと思ったから、あなたの身体にがん細胞ができたと言ったけれど、むしろ逆だね」

「逆?」

 怪訝な顔の若者。

決して死のうとしない細胞
自分で死のうとする細胞

「役に立たなくなって死にたいと思うのは、正常な細胞だ。がん細胞は死にたがらないのが特徴だよ。決して死のうとしない細胞が増殖してできたものが悪性腫瘍、つまり、がんだと診断する。自分で死のうとする細胞からできている腫瘍は良性だ。がんではないよ」

「じゃあ、死にたいと思っているから、がんになったわけじゃないんですか」

「うん。がん細胞は、人間が生きている限り、一定の確率で発生するものだよ。あなたが、がんになったのは、死にたいと思ったからではない。ずっと、顕微鏡でがん細胞を見てきたから、どんなのががん細胞なのかはよく知っている。だけど、あなたは、どこもがん細胞に似ていないよ」

 若者はこれを聞いて少し笑った。

「そりゃそうですよ。だって、僕は細胞じゃなくて、人間なんだもの」

「うん、そうだね。でも、長い間、顕微鏡で細胞を見ていると、だんだん、こう思うようになるんだ。

 がん細胞の振る舞いは、人間のすることに似ている。がん細胞に起こることは、人生にも起こる、ってね」

 がん細胞がどのくらい悪質かは、風貌だけでは分からない。人間の場合でも、不良かどうかは風貌で分かることが多いですが、どのくらい悪質なのかは、見た目だけでは分からないことがあります。こうした点も、がん細胞と人間は似ていると思うのです。

 へーえ。若者は不思議な言葉を聞いたような顔をした。が、ふいに、彼は元の精気のない顔に戻る。

「死にたいと思うことががん細胞と似ていないとしても、やっぱり、僕はがん細胞と同じ立場だと思うんです。だって、がん細胞も僕も、全然役に立たないから。