それを察したのだろう、先生が言った。
「趣味があると、つらいときに、生きやすくなるから」
「先生、そんなことじゃなくて、治療をする気になるよう説得してほしいって、さっきから申し上げてるじゃありませんか!」
イラ立ちを爆発させる母親。
だが、先生は、たわいのない日常のことをいくつか若者に尋ねただけ。
そこから分かってきたのは、若者の引きこもりに近い生活だった。
父親の期待していた有名大学法学部への進学に2年続けて失敗したこと、親の期待を裏切り続けてきた彼は無気力になっていること、ノイローゼで心療内科を受診したこともあること。
母親が渋々という様子で、控えめに明かしたらしい彼の日常生活からは、こうしたことがうかがい知れたのだった。
身内の恥を暴かれたとでも思ったからか、母親がこうつぶやいた。
「こんなところ、来るんじゃなかった」
これを捨て台詞のように残して、母子はその日、帰っていった。
「死にたい」と話す若者を
説得する糸口をつかむ
あの面談で、あの若者に「趣味はあるのか」と問いかけたのは、彼がおそらく家族との人間関係に苦しんでいて、深く傷ついていると思ったからです。
そこから、少しでも心を離れさせたかったのです。
それから2週間後、都心で行われたがん哲学外来に遠山君がまたやって来た。今度は母親はおらず1人だった。
面談が始まると、彼は唐突にこう言った。
「僕なんかに、がんの治療をするのは無駄だと思うんです。役立たずだから」
「誰かが、あなたにそう言ったの?」
「……お父さんが」
大手銀行の役員を務めている父親はいつも忙しく、ほとんど家にいない。ところが、昨夜は珍しくまだ早い時間に帰ってくると、彼のことを激しく罵倒したという。
彼は「役立たず」と言われ、あまりのつらさに「死にたい」と漏らすと、
「何を甘ったれてるんだ。死にたいんなら勝手に死ねばいい。生きたくても生きられない人間がたくさんいるのに、生きられる人間が生きようとしないなんて、ゼイタクを言うんじゃない。生きてくれなくて結構だ」
激怒した父親に、こう怒鳴られたそうだ。