遺伝子イメージ写真はイメージです Photo:PIXTA

自然選択によって生物の遺伝的変異や多様性が維持されるためには、ヘテロ接合遺伝型の平均適応度が最も高くなることが条件だと言われている。しかし、気温や天候といった環境変動の影響を受けて、同じ遺伝型でありながら異なる成長過程を辿り、多様性を維持している生物も存在するという。複雑だが興味深い変異の世界を覗いてみよう。※本稿は、河田雅圭『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか? 進化の仕組みを基礎から学ぶ』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。

1つの集団に2つのアレルを
維持することはできない

 生物が経験する環境は空間的だけではなく、時間的にも変動する。

 たとえば、暑い年もあれば寒い年もあるし、雨の多い日もあればほとんど降らない日もある。このような環境変動は、遺伝的変異を維持する要因になるのだろうか?

 たとえば、春に卵から孵って成長し、秋に卵を産んで死亡するような生物を想定してみよう(図表2-7)。温度環境は年によって変動し、この生物では暑い年には遺伝型AAが有利となり、寒い年には遺伝型GGが有利となる。

図表2-7:温度変化によって異なる適応度を示すとき同書より転載 拡大画像表示

 遺伝型AAの個体は、暑い年では秋まで生存して産んだ卵の数(=適応度)は5であるが、寒い年には1になってしまう。

 一方、遺伝型GGの個体は寒い年の適応度は5であるが、暑い年では0.5となる。遺伝型AGは、温度に左右されず、暑い年も寒い年も適応度は2としよう。

 この想定で、AアレルとGアレルは集団内に残り、遺伝型の多様性は維持できるのだろうか。(編集部注/アレル=集団中で出現頻度を変化させていくDNA配列。対立遺伝子とも言う)

 暑い年と寒い年を半分ずつ、合計で10年間経験したときを考えてみよう。10年間の平均の適応度をそれぞれ計算すると遺伝型AAは2.24(の55×15の10乗根)、遺伝型GGの平均適応度は1.58(55×0.55の10乗根)、遺伝型AGは2となる(世代を重ねての平均は算術平均ではなく、幾何平均で計算する。図表2-7)。

 この状況では、遺伝型AAが最も平均適応度が高いため、集団中ではAアレルの頻度が増加し、このアレルだけになる。

 結局、異なる遺伝型が異なる年に有利になる状況があったとしても、遺伝型とそれを構成する異なるアレルは集団中で変異を維持できないのだ。

 また、遺伝型AA、AG、GGの平均適応度が仮に等しいときも、遺伝的浮動の効果で、AアレルばかりになるかGアレルばかりになり、2つのアレルは集団中に維持できない。(編集部注/遺伝的浮動=生物の個体群において、偶然の作用によって集団が小さくなった時にある遺伝子が集団に広まる現象)