退職願写真はイメージです Photo:PIXTA

問題社員を辞めさせたいが解雇は法的に難しい。それならば、本人に辞職を説得する「退職勧奨」を行うこともひとつの手。しかし、やり方を間違えると相手から訴えられて不利になることも……。事例をもとに、労務専門弁護士が解説する。※本稿は、中村博弁護士監修『労務トラブルから会社を守れ!労務専門弁護士軍団が指南!実例に学ぶ雇用リスク対策18』(白秋社 刊)のうち、中村仁恒弁護士執筆分の一部を抜粋・編集したものです。

成績不良で協調性にも問題がある
勤続20年の社員が会社に牙を剥いた

【事件の概要】

 機械メーカーであるY社に勤務するXは、勤続20年目になるが、営業成績を上げられず、その営業成績はほぼ常に最下位であった。そんなXに対して、上司が営業のやり方を指導し、同僚もアドバイスを行ったが、Xの営業成績は一向に改善しなかった。Xは、注意指導をされると、不愉快そうにし、周囲のアドバイスを素直に聞き入れなかった。そのようなXに対して、上司も同僚も次第に注意する意欲を失っていった。

 Y社はA社長のもと、堅実な経営を続けていた。従業員Xが成績不良であり、協調性も欠いていることはA社長の耳にも入っていたが、A社長は従業員を大切にし、これまで解雇したこともなく、そのことを誇りに思っていた。Xについては困ったものだと思いつつも、特に有効な手立てを打てずにいた。会社の経営状態は良好であったため、経営上の理由から人員整理を行う必要もなかった。

 ところが、最近、Xの言動が目に余るようになってきた。Xは、自身が無視されている、監視されている、私物を誰かに盗られているなどと述べて、周囲の従業員と衝突するようになった。

 また、Xは自身がハラスメントを受けていると主張して、通報を繰り返した。ハラスメント通報窓口は、Xの通報を受けて、その言い分を聴取した後、Xが主張する事実の存否について確認するため、他の従業員へのヒアリングなども実施した。その結果、Xの通報を裏付ける証言や物証は得られず、ハラスメントに該当する事実は確認できない旨の回答を行った。Xは、通報後しばらくすると、また別のハラスメントを受けたと主張して何度も通報を繰り返すなどしている。Xからハラスメントの加害者であると主張された従業員は、Xへの対応に苦慮した。

 Xの上司や周囲の従業員は精神的に疲弊していき、パフォーマンスや仕事へのモチベーションが低下していった。また、ハラスメントの加害者とされた従業員は、Xの主張に付き合うのは限界である旨を述べるようになった。

 上記の事態について報告を受けたA社長は、いよいよXを放置しておくわけにはいかず、Xに会社を辞めてもらうほかないと考えた。A社長はこれまで従業員を解雇したことがなかった。また、経営者仲間から、解雇は法的にはかなり難しいと聞いたことがあった。そこで、A社長は、役員などとも相談のうえ、解雇するのではなく、退職を促してXに自ら辞めてもらうよう説得することにした。