実務的には、まず、どのタイミングで退職勧奨を行うべきかを慎重に検討する必要があります。時間はかかりますが、まずは対象となる従業員の問題点について、会社として注意指導をある程度積み重ねてから退職勧奨を行ったほうがよい場合も少なくありません。注意指導を積み重ねることにより、従業員も会社とのミスマッチや自身の問題点を自覚し、自ら退職する気持ちが芽生えることもあるからです。そのようなタイミングで退職勧奨を行えば、退職勧奨が成功しやすくなります。

 確かに、注意指導を積み重ねるためには時間も労力もかかりますので、早い段階から退職勧奨を行いたい気持ちも理解できます。早い段階で退職勧奨を行い成功すれば、時間も労力も節約できるため、それが理想的な展開ともいえます。しかし、退職勧奨を拒否された場合には、退職勧奨を継続することは基本的に難しくなります。退職勧奨が失敗した場合には注意指導を行っていくよう方針転換をせざるを得ません。しかし、退職勧奨が失敗した後に注意指導等を行うと、退職勧奨を拒否したことに対する違法な報復行為であるなどとして余計に反発を招き、会社と従業員の確執がより深まることもあります。

 以上の点から、早期に退職勧奨を行って成功できる事案なのか、ある程度、注意指導を積み重ねてから退職勧奨を行ったほうがよいのかは、対象従業員の個性や上記のメリット・デメリットを踏まえて慎重に検討すべきでしょう。

投げつけたい強い言葉を
こらえて慎重に退職勧奨を

 次に、退職勧奨の文言に関して、(懲戒)解雇が難しい事案であれば、後から退職の効力が否定されないようにするため、不相当な文言を使用することは避ける必要があります。(懲戒)解雇できる可能性が相当程度高い場合には、会社として(懲戒)解雇を検討しているなどと述べることは可能である事案もありますが、その場合にも、確定的にそのような処分がなされると断定することは基本的には避けるべきです。

 使用者としては、退職勧奨を何とか成功させたい、自主的に退職さえさせてしまえば有利であるとの一心で、退職勧奨の文言がエスカレートしてしまう事案もありますが、不相当な文言を用いれば、退職扱いの効力が否定されてしまう事案になることには十分留意すべきです。

 特に、最近は労働者がスマートフォンやボイスレコーダーを用いて録音している例も増えていますので、それがなされていることを前提に慎重に文言を検討すべきでしょう。

監修/中村博(なかむら・ひろし)
弁護士。東京弁護士会所属。新霞が関綜合法律事務所パートナー弁護士。中央大学法学部卒業。会社法務全般(渉外案件を除く)、特に人事・労働案件(使用者側・労働者側ともに)を中心に幅広く取り扱う。著書に、『メンタルヘルスの法律問題――企業対応の実務』(青林書院 ロア・ユナイテッド法律事務所編)、『アルバイト・パートのトラブル相談Q&A』(民事法研究会 岩出 誠、ロア・ユナイテッド法律事務所編)など。立正大学心理学部非常勤講師(法学担当)、東京都港区教育委員会委員、公益財団法人日本レスリング協会理事。