A社長は、Xと個別の面談を設定した。A社長は、もともとXの営業成績が悪く、これまでは我慢してきたが周囲の従業員との確執が深刻化しており、これ以上会社にいてもらうことはできないため、辞めてもらいたいと説得した。Xは、初めは退職勧奨を受けて動揺したものの、会社を辞めれば再就職のあてもないため、退職する気はないと述べた。A社長は、ひとまず考えてほしいといって、初回の面談を終了した。

周囲に迷惑をかける問題社員に
自主退職を進めた社長

 翌日、A社長は再度Xを呼び出し、面談にて退職勧奨を行った。Xは、やはり退職したくない旨を述べた。話し合いは平行線となりつつも、A社長は説得を続けた。Xは、退職するつもりがないことを明言し、これ以上同様の面談を行うことはやめてほしいといった。

 Xから退職するつもりがないと明言されてしまったA社長は、行き詰まりを感じていた。Xがこれ以上、会社に在籍すれば従業員が疲弊し、業務が滞るとともに愛社精神も減退しかねない。A社長としても何とかしてXに辞めてもらいたいし、役員や従業員もA社長がXを説得して辞めさせてくれることを期待している。簡単に引き下がるわけにはいかないと考えたA社長は、翌日、翌々日もXとの面談を設定し、繰り返し1時間以上の退職勧奨を行った。

 それでも話し合いは平行線となり、焦れたA社長は、「長年の営業成績不振、指導に対する反抗的な態度や他の従業員に対する言いがかりや協調性の欠如を理由として、本来であれば懲戒解雇も可能であるが、Xのためを思って恩情で自主退職を勧めている」「懲戒解雇と自主退職では天と地ほどの差があるし、経歴に対するダメージや世間の受け止め方も全然違う」「懲戒解雇の場合、退職金は出ないが、自主退職であれば退職金を支給する」などと述べた。Xは自主退職を断れば懲戒解雇されるものと思い、A社長が手渡した退職届にサインした。

 A社長は、解雇を避けつつ、何とか自主退職として決着できたものと安堵していた。ところが、1か月後、A社長のもとにXが依頼した弁護士からの内容証明郵便が届けられた。いわく、A社長が行ったのは違法な退職強要であって、これに基づくXの退職の意思表示は法的に無効であり、復職を要求する。併せて違法な退職強要後の賃金と、Xが被った精神的損害についての損害賠償請求をするというものであった。