また、Xには能力や協調性が欠けているという問題はありますが、事前に十分な指導を行っておらず、指導に関する記録を書面等で残しているわけでもないので、いきなり懲戒解雇をすることは法的に困難といわざるを得ません。にもかかわらず、自主退職しない場合には懲戒解雇になる旨を告知して退職を迫っており、これはXの自由意思に対する不当な圧力と見なされる可能性が高くなります。

 以上からすると、A社長の退職勧奨は違法なものであって、Xに対する慰謝料の支払義務が認められる可能性が高いといわざるを得ません。

退職勧奨で強引に辞めさせた場合の
法的リスクとは

 本件では、A社長は、まずは穏便な説得を試みましたが、それが奏功しなかったため、退職しない場合には懲戒解雇とする旨を示唆しました。A社長は、日本においては解雇のハードルが高く、解雇して紛争になった場合には分が悪いことを自覚していました。そこで、解雇は避け、何とか自主的にXを辞めさせるために、そうした説得行為を試みました。A社長には、解雇を避けつつ何とか自主退職にこぎつければこっちのものだという考えがあったようです。しかし、強引に説得してでも、何とか退職さえさせてしまえばよいというものなのでしょうか?

 実は、そうではありません。確かに、解雇には当たらないため、違法な解雇に当たるということにはなりません。しかしながら、説得行為により、労働者を不当に恐怖に陥らせて退職させたような場合や、労働者に思い違いが生じて、それを使用者が認識しつつ退職させたような場合には、その退職の効力が否定されます。裁判例でも、懲戒解雇ができる状況ではなかったにもかかわらず、使用者の説得行為により、自主退職しなければ有効に懲戒解雇されると信じて自主退職した事案において、自主退職したのは有効に懲戒解雇されると誤信したためであるから、自主退職の効力は生じないと判断したものなどがあります。

注意指導の後に
退職勧奨のタイミングを見極めよ

 退職勧奨が成功し、穏便に退職となれば、会社としては望ましい展開です。しかしながら、退職勧奨における言動に問題があった場合、(1)慰謝料の支払義務が発生する、(2)仮にいったん退職扱いにできたとしても、後から退職扱いが無効となるというリスクが存在します。