「スパイを密かに尾行する」。これはドラマや映画などのフィクションの話ではなく現実に日々行われていることだという。元警視庁公安部外事課所属の著者が、生々しいスパイとの攻防、スパイハンターの厳しさを語る。本稿は、勝丸円覚『警視庁公安捜査官 スパイハンターの知られざるリアル』(幻冬舎新書)の一部を抜粋・編集したものです。
公安の表部隊と裏部隊の実態
時には尾行をアピールすることも
スパイなどの対象者を尾行するチームには、外事警察の存在をあえて相手に知らしめて、相手の意図する行動をさせずに見張る「強制尾行チーム」(表部隊、表班)と、絶対にバレずに尾行する「秘匿尾行チーム」(裏部隊、追っかけ班)がある。
オペレーションによって、「強制尾行」か「秘匿尾行」かは変わるのだが、国の重要人物に対してスパイが接近していることがわかった場合、表部隊がスパイをあえて徹底的にマークしてターゲットに近寄らせないようにする。
マスコミなどには決して出ないが、これで未然にスパイ行為やテロ事件を防いだ事例はたくさんある。
「強制尾行」をすることでスパイが任務を果たすことができないと、スパイは任期半ばで帰国することもある。
秘匿捜査には、スパイに絶対にバレてはいけないというミッションがあるため細心の注意が必要であるが、強制尾行はあえて存在をアピールするのが任務でもあるので、公安捜査員たちにとって意外と楽しい仕事であったりする。
例えば、通常、尾行はターゲットと50メートル以上離れて追尾をするが、「強制尾行」のときは、ドラマの尾行シーンのように、5メートルくらいまで近づいて「あなたを尾行していますよ」とバレバレのアピールをする。
店の前で張るときも、店の出入り口のわかりやすい場所で待機して、スパイが出てきたとたん、外事捜査官が追尾したりする。
一般の方は尾行された経験はないと思うが、バレバレの尾行は相手にとって「単なる嫌がらせ行為」なので、かなりのストレスになる。
実際に、ロシアのスパイに対して「強制尾行」をしていたとき、公衆トイレの中でも隣にべったりマークしていた公安捜査官にキレて、
「おまえたち、いい加減、ついてくるな!」
と、食ってかかってきたスパイもいた。
これが「秘匿尾行」になると、尾行する側がかなりのプレッシャーになる。仮に失尾した場合は、オペレーション自体が失敗に終わる可能性もあるからだ。チーム内の連携も大事な上、瞬時の状況判断が「秘匿尾行」の明暗をわけるのである。
ちなみに私は「秘匿尾行」のほうが得意だった。スパイが尾行されていることに全く気付かず余裕の表情を見せているのを、秘匿尾行をしながら眺めるのはスパイハンター冥利に尽きるのである。