物価高騰、超コスパ時代。1万円の料理は千円の10倍おいしいのか? 「安くてうまい」が本当に最強なのだろうか? そんな疑問の答えを導き、人生をより豊かにする知的体験=美食と再定義するのが書籍『美食の教養』だ。イェール大を卒業後、世界127カ国・地域を食べ歩く著者の浜田岳文氏が、美食哲学から世界各国料理の歴史、未来予測まで、食の世界が広がるエピソードを語っている。「うなずきの連続。共感しながら一気に読んだ」「知らなかった食文化に触れて、解像度が爆上がりした!」と食べ手からも、料理人からも絶賛の声が広がっている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。

「まずい国」と言われ続けたイギリスが汚名返上? 美食化が進んでいる意外な理由Photo: Adobe Stock

心底がっかり…まずい時代

 料理が残念な国、というと、その筆頭に挙げられてきたのが、イギリスでした。確かに、その評価も頷けるところがあったと僕自身、思います。

 僕はクラシック音楽も食と同じくらい好きだったので、パリに住んでいたとき、よくユーロスターに乗ってロンドンまで遊びに行きました。コンサートは素晴らしくても、その前後の食事には本当に困りました。

 そもそも90年代のロンドンには、イギリスならではのおいしい料理は存在しないに等しかった。だから、行くとしたらインド料理か中華料理でした。といっても、今ほどガストロノミーを追求したレストランは、これらのジャンルでも皆無で、あくまでカジュアルに食べられるそこそこうまい料理、といった程度でした。

 ある有名なイタリアンに行くと、パスタは伸びきっていて問題外。魚介はまず間違いなくがっかりするので注文しない。肉は思いのほかおいしいけれど、付け合わせは茹でただけの野菜。味付けがされておらず、自分でテーブルの塩胡椒をかけて食べる、というものでした。

 その当時、唯一イギリスでおいしいと思ったのは、スコーンに添えられているクロテッドクリームくらいです。

 2000年代に入ると、モダン・ブリティッシュ(Modern British)と呼ばれる現代的イギリス料理というジャンルが生まれ、少しずつまともな店が増えてきました。

 ただ、その多くは昔よりおいしくなったね、というレベルで、個人的にはあえて行く価値を感じませんでした。価格も、パリの同じくらいの格式の店のざっくり1.5倍くらいだったので、なおさらです。

イギリスの食シーンを変えた外国人

 2010年代になると、イギリスのレストランシーンは驚くべき変貌を遂げました。その最大の理由は、外国出身者が増えたことではないかと考えています。

 ロンドンには金融街があり、外国人にとって不動産投資もしやすい環境にあるので、ロンドンを中心にイギリスに投資をする人が増えました。また、財を築いたアラブの国々や中国、ロシアなど新興国の人々が、イギリスに長期滞在したり、移住したりする事例も増えました。ロンドンは今や、外国人の富裕層が集まる場所となったのです。

 そして、そういう人たちが、あり余るお金を、家や車だけでなく食にも使うようになった。高級レストランが成り立つための大事な条件のひとつは、その対価を払える人がいるかどうか、ですが、これが満たされたのです。