さまざまな業界で人材不足の危機が叫ばれる中、ユニークな採用戦略で成長を続ける企業がある。定期的に身だしなみを整える中高年女性を中心としたニーズに対して手頃な料金でサービスを提供する、カットとカラーの「メンテナンス」を専門とした美容室チェーン・チョキペタである。同社は、どのように成長に欠かせない採用と育成の問題を解決しているのか。この点について詳述しているのが、コンサルタントとして売上数百億~1千億円規模の企業の業績向上と組織変革を実現してきたノウハウを、知識創造理論の世界的権威である野中郁次郎・一橋大学名誉教授の監修を踏まえてその知見を学術的な観点も踏まえて著書にまとめた経営者・高橋勇人氏の『暗黙知が伝わる 動画経営 生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』だ。今回は、同書から特別に抜粋。人材の多様化と活用で、チョキペタがどのようにして成功を収めているのか、その秘密に迫る。

メンテナンスカットPhoto: Adobe Stock

シャンプーは自動、レジも機械で代替

 椅子の背もたれを後ろに倒すと、上体があおむけになった。額のあたりにタオルが置かれ、プラスチック製のシールドが頭部をすっぽり覆った。

「これから始めます」というスタッフの声が聞こえ、頭の周りに温かな湯流が生じた。そのうち、あらゆる方向から放射線を描くように、細かい湯流が、強すぎることも弱すぎることもなく、まんべんなく頭の表面を行ったり来たりする。

 最初はくすぐったさも感じたが、慣れてくると実に心地よくなり、思わず寝入ってしまいそうになる。しばらくすると湯流の勢いが徐々に減じ、ぴたりと止まった。時間にして5分。これで1回500円。思わずもう一度とリクエストしたくなった。

 私が人生で初めてこのオート(自動)シャンプーを体験したのが、カットと髪染め専門のリーズナブルな価格のメンテナンス美容室「ChokiPeta(チョキペタ)」である。

 神奈川県横浜市に本社を構え、Ash(アッシュ)などの美容室チェーンを300店舗以上展開するアルテ サロン ホールディングス傘下のC&P(本社は同じ横浜市)が、2011年7月オープンの堀切菖蒲園店(東京都葛飾区)を皮切りに、首都圏と関西で71店舗(2024年4月末日現在)展開している。

いまの髪形を維持するメンテナンスカットのニーズ

 チョキペタの主要なターゲット顧客は40代後半から60代の主婦だ(もちろん男性も若い女性も利用できる)。

 そのため、商業施設のテナント開発担当者からは非常に歓迎される業態だといい、多くの店舗は食品スーパーやショッピングモールのテナントとして出店している。チョキはカット、ペタはカラーリングを示す。わかりやすいネーミングだ。

 ここで行うカットの中心は、ヘアデザインを変えるものではなく、いまのスタイルをきれいに維持するため、伸びたぶんだけ1~2センチ切る、いわゆるメンテナンスカット。髪染めも圧倒的に白髪染めが多い。

 しかも、こうしたサービス内容を細かく設定(たとえば、普通のカットより安価な前髪カットというメニューもある)し、短時間かつリーズナブルな料金で提供している。同グループのデザイン美容室Ashの客単価が8800円前後であるのに対し、チョキペタは2500円。この安さが節約志向の主婦たちに支持されているのだ。

 ショッピングセンター内や駅近が主な立地で、予約制ではないため、外出帰りや買い物のついでといったすき間時間をうまく活用できるようになっている。

客層と同じシニアの休眠美容師を採用

 興味深いのは、客層のみならず、そこで働く美容師も同年代の女性が多いことだ。

 美容師になるのは若い女性が多い。そして結婚や出産を機に離職してしまう。給料が低いことや、立ったまま長時間働かなければならないという体力的な問題を理由に、他業界へ転職するケースも多い。結果として、美容師の免許を持っていながら働いていない「休眠美容師」が、日本には75万人以上いるといわれている。

 チョキペタはここに目をつけた。子育てが一段落した40~60代の休眠女性美容師を積極的に採用しているのだ(なかには70代の人もいるという)。

 現場を離れていた美容師は、技術面で不安を抱えているものだ。お客様から最新の髪形を要望されても応えるのは難しい。その点、チョキペタで求められるのはメンテナンスカットなのでハードルが低い。現場を離れて長い休眠美容師が復帰しやすい職場なのだ。

 工夫はそれだけではない。作業の機械化を進めてスタッフの負担を減らしている。

 美容室で特に重労働になるのが洗髪だ。前かがみの姿勢でお客様の頭を抱え、細心の注意を払いながら指を動かさなければならない。この重労働をなくすため、チョキペタには先ほどのオートシャンプー機が導入されている。

 さらにセルフレジも入っており、スタッフが現金を扱う必要がない。現金の取り扱いは非常に神経を使うので、それを機械が代替してくれればスタッフのストレス減につながる。

離職率を下げ、働きやすくする動画

 このチョキペタにも短尺動画システムが導入されている。

 たとえば、オートシャンプー機の使い方である。機械本体の操作法から、湯がかからないよう、あおむけになったお客様の顔の周りをタオルで覆うやり方、シャンプー液、コンディショナー液の補充法まで、オートシャンプーだけで6本の短尺動画があり、いずれも使い方を懇切丁寧に説明している。

 なかには、部屋のゴミ捨て、お客様のメンバーズカードへの必要事項の記載、ほかのお客様の誘導といった、オートシャンプー機が動いている間にできることの徹底を促す動画もある。

「私のような年配者でも採用してくれる美容室があるんだ。久しぶりに腕を振るってみようかしら」と思っても、オートシャンプー機やセルフレジなど、見慣れない機械の操作が必須となれば、働くことを躊躇するかもしれない

 人から教えてもらえばできるだろうが、自分は機械オンチだから何回も失敗するかもしれない。それで叱られたり、首にされるのは嫌だな、と不安になる人もいるだろう。

 しかし、動画で学ぶのであれば、自分の好きな時間に何度でも見て確認できる。じゃあ働いてみようか。そんなふうに背中を押してくれるのが短尺動画なのだ。チョキペタでは、採用が決まって現場で働く前に動画を見てもらうことが多い。

 動画のおかげでスムーズに仕事に入れるようになり、離職率が下がるというメリットも出ている。

「無駄な動き」を動画で示す

 ここで、スタッフの視聴回数が多く、一番人気になっているお手本動画を紹介しよう。

 それはカラーリング、つまり白髪染めをいかにスピーディに行うかを実地で説明した動画で、こちらもいくつかのテーマに分かれている。

 たとえば、「無駄な動き」と名付けられた動画では、施術中にカラー剤や刷毛をどこに置けば無駄な動作が少なくなるかを説明している。その究極の方法はカラー剤を利き手と反対の手首付近に数回分とっておくというもの。1回ごとに容器まで刷毛を往復させるよりも断然時短になるのである。

 動画には音声がなく、映像のみだ。映像を見れば一目瞭然、解説なしで理解できるということと、営業中の店舗内でも見られるように、という配慮からである。

 白髪染めの施術すべてを動画にすると長時間になってしまうので、繰り返しの動作については早送りで編集している。

 動画の投稿者は、腕に覚えのあるチョキペタ各店の店長たち。自らが編み出した技術、ノウハウを短尺動画にしてアップしているのである。

「こうやればできるのか」と腹落ちする

 なぜこの動画が人気を博しているかというと、チョキペタには「カラーリングは15分で」というルールがあるからなのだ。通常の美容室では考えられない短時間だが、「早い!安い!親切!丁寧!」がチョキペタのコンセプト。早さはチョキペタに来店するお客様の望むものであると同時に、客の回転率が上がるので店側が望むものでもある。

 客単価が低いのだから、売上げを確保するには客数を増やす必要がある。チョキペタ1店舗当たりの客数は1日30人強だという。席数は通常6席なので、5~6回転する計算になる。同グループのデザイン美容室Ashでは3回転ほどなので、チョキペタの半分程度だ。

 スタッフの技術向上により施術時間を短縮できれば、回転数はさらに上げられる。カラーリング10分へのチャレンジが生まれるかもしれないのだ。

 ただ、これまで早さを売り物にした美容室で働いたことがないばかりか、長期のブランクで腕にも多少の不安が生じている美容師は、すぐには対応できない。そこで短尺動画が威力を発揮する。動画では目の前で、短時間でカラーリングが可能な技がいくつも紹介されている。

こうやればできるのか」。目からウロコが落ちるのだ。

 美容師も職人だ。職人は自らの技の向上には貪欲に取り組む。かくして、動画は次々に再生され、チョキペタ各店における白髪染めの速度も次々に上がったことだろう。

*この記事は、『暗黙知が伝わる 動画経営――生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』(ダイヤモンド社刊)を再編集したものです。