入山章栄早稲田大学大学院経営管理研究科教授によれば、経営に利用される主要なメディアには、「文字・音声・動画」の3つが存在し、それぞれの特徴を理解し、うまく活用することが必要である。特に動画の経営への活用について詳述しているのが、コンサルタントとして売上数百億~1千億円規模の企業の業績向上と組織変革を実現してきたノウハウを、知識創造理論の世界的権威である野中郁次郎・一橋大学名誉教授の監修を踏まえてその知見を学術的な観点も踏まえて著書にまとめた経営者・高橋勇人氏の『暗黙知が伝わる 動画経営 生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』だ。今回は、同書から入山章栄教授による「経営とメディア」に関する記述を特別に抜粋して紹介する。
経営と3種類のメディア
早稲田大学大学院経営管理研究科教授の入山章栄氏いわく、経営に使われるメディアには3種類、つまり文字、音、動画があり、それぞれに特徴がある。
「文字のよさは、ある程度の情報が一発で手に入ることです。一方、ある空間にどんな人がいて、どんな動きをしているのか、というリアルな情報を伝えることは文字は不得手です。
音に関しては、一時、クラブハウスというアプリが盛り上がったように、人と人とのつながりを強める効果があります。一方で、文字よりは情報量が少なく、同じ量を伝達するのに時間がかかります。しかも、視覚に訴える部分がゼロなので、そのぶんを人が想像力で補わなければなりません」
動画の効果
動画はどうか。
「動画は音と映像で構成されており、視聴した瞬間にすべてを把握できるというメリットがあります。
文字や音で『礼儀正しい挨拶をしましょう』といくら伝えても、うまく届かない。『礼儀正しい』の内容を、言葉を尽くして説明しなければならないからです。
これが動画だったら一発で伝わります。動きを伴う仕事が必要な現場のクオリティを上げるには、いちばん向いているメディアでしょう」
人を腹落ちさせる力
動画の効果は、既存の経営理論でもうまく説明できるという。
具体的には、米ミシガン大学の組織心理学者カール・ワイクらによるセンスメイキング(Sense-making)理論である。センスメイキングとは、日本語で言うところの「腹落ち」である。メンバーを腹落ちさせて、目の前の仕事に向かわせることの重要性を説いた理論だという。
「先ほどの例で言えば、『礼儀正しい挨拶をしなさい』と口酸っぱく言っても、それを受けた側はなかなか腹落ちできないわけです。そこに動画を導入する意味がある。
この道10年のスーパー店長の手本を動画で見れば、こんなふうにやるのか、と心底納得できる。礼儀正しい挨拶をしたことで、当の店長がお客様から褒められた話でも付け加えれば、腹落ちはさらに強まります」
動画活用のメリットは企業ごとに違う
さらに、短尺動画システムを利用するメリットは、企業ごとに異なる戦略とオペレーションに応じて従業員の行動変容を促すことができる点にあると入山氏は指摘する。
「マクドナルドが目指すのは現場のスーパー標準化です。お客様の注文を受けてから何秒以内に注文どおりのハンバーガーを作って出せるかに社の命運を賭けている。そのために整備されているのが、社内教育機関であるハンバーガー大学なんです。
一方、スターバックスコーヒーは提供するドリンクやフードが自分たちの最大の売り物だとは考えていません。そうではなく、彼らが売り物にしているのは、居心地のよい空間にいるという経験、通称スターバックス・エクスペリエンスなんです。そのためには、お客様をリラックスさせ、気持ちよくさせるというのが接客の基本になる。
クリスピー・クリーム・ドーナツの場合、『さばく接客』から『心地よくさせる接客』への転換を図りました。要は、マクドナルド型、スターバックス型のどちらにも対応できたということになります」
動画を使うことで知識創造が活性化しやすい
知識創造理論におけるSECIモデルでは、動画の使用を想定してこなかった。これは提唱者である野中郁次郎教授がそう述べている。
結果、暗黙知を形式知化するための表出化を行うには、言語の使用を前提としてきた。その場合、会話、つまり話し言葉はともかくとして、書き言葉を使うとなると、そのハードルは高い。時間も手間もかかってしまう。
その点、動画になると違う。表出化があっという間に可能になるのだ。
「SECIモデルを回すうえでは、いままでは表出化に非常に手間がかかっていたんです。その典型が文字によるマニュアルの作成です。
そこに動画を導入することによって手間が省け、そのぶん従業員は連結化や内面化に集中できるようになった。要は、現場での反復学習にもっと時間をかけられるようになったんです。動画を導入すると、現場の暗黙知は実は豊かになると思います」(入山氏)