パートを中心に運営されることが多い食品スーパーの中で、正社員中心で売り場単位面積当たり2倍から3倍と高い売上げを誇る会社がある。徹底的な省力化と情報化を武器に経営する同業他社に対し、一見非効率に思える昭和のスーパーを標ぼうするオオゼキの強さの秘密はどこにあるのか? それを詳述しているのが、コンサルタントとして売上数百億~1千億円規模の企業の業績向上と組織変革を実現してきたノウハウを、知識創造理論の世界的権威である野中郁次郎・一橋大学名誉教授の監修を踏まえてその知見を学術的な観点も踏まえて著書にまとめた経営者・高橋勇人氏の『暗黙知が伝わる 動画経営 生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』だ。今回は、同書から特別に抜粋。オオゼキの動画を活用した経営の秘密を紹介する。
熱烈なファンを持つ食品スーパー・オオゼキ
東京、神奈川、千葉に42店舗を展開する食品スーパー「オオゼキ」には、熱心な顧客がついている。その理由は、生鮮食品に代表される品ぞろえの多さとコストパフォーマンスの高さ、そして活気あふれる店内にある。
徹底した地域密着で、店の周囲半径500メートルから1キロメートルに住むお客様のニーズを徹底的に汲み上げ、個性あふれる店づくりを行っている。家を引っ越す際には、駅近ならぬ“オオゼキ近”を最優先に転居先を決める人もいるくらいだ。
正社員率6割の昭和のスーパーがとてつもない売上げを維持
オオゼキのビジネスモデルは、ほかのスーパーとはまったく異なる。
昭和のスーパーは、肉屋、八百屋、魚屋といった個店が1つの施設の中に集まり、それぞれに対面での接客、販売を行っていた。
その後、アメリカのチェーンストア方式がスーパーにも応用され、徹底的な省力化と情報化が行われた。個店ではなく、加工食品コーナー、生鮮食品コーナーといった“区分け”がされて商品が展示され、客は店員と会話することなく欲しい商品をカートに入れ、レジに持っていく。標準店方式で、どの店に行っても商品の品ぞろえや価格はほぼ同一だ。
ところがオオゼキは、その昭和のスーパーのスタイルをいまでも続けている。肉屋、魚屋、八百屋、惣菜屋などが寄り集まって1つの店舗を形成しているのだ。したがって精肉担当者、鮮魚担当者などの権限が強く、仕入れも個店ごとに行う(もちろん、購入した商品を決済するレジは共通になっている)。
郊外型スーパーの標準店舗では1店当たり15名の正社員がいて、あとはパートのスタッフで運営されている。一方、オオゼキの各店舗はその半分ほどの広さであるにもかかわらず、35名の正社員が配置されている。
ほかのスーパーの正社員比率が3割だとすれば、オオゼキは6割になる。固定費がそれだけかかるわけだ。それをカバーするために、オオゼキの各店の売上げは他のスーパーと比べ、単位面積当たり2倍から3倍と高い。
「長い時間働けて、経験と勘を養い、向上意欲も高く、臨機応変に働ける人を求めてきた結果です。社員として雇い、育成したほうが戦力化の近道なんです」(副社長 明瀬雅彦氏 ※肩書はインタビュー当時)
さまざまなノウハウを動画で共有
そのオオゼキに短尺動画システムが導入されたのは、2019年5月のことだった。大きく2つの目的があった。
ひとつは人材育成に関するものだ。それまでは各部門の責任者が店舗を巡回し、後進を直接指導するやり方がとられていたが、店舗が増えるにしたがってそれが難しくなった。
紙のマニュアルを使ったり、写真を活用して説明したりと、いろいろ試したがうまくいかず、適切なITツールを探していたところ、短尺動画システムに行き着いた。
短尺動画がいちばん活躍しているのが精肉部門と鮮魚部門で、包丁さばきの実際を解説した動画が繰り返し視聴されている。
そのほかの部門でも、たとえば入店してからの客の動線に沿って売り場を撮影し、どこに何を、どう置けば購買につながりやすいのかを説明して、「売り場をつくる技術」として全員で共有している。
レジ担当者(チェッカー)の仕事のスピードを上げるための動画もよく視聴されている。
「お客様がチェッカーに求めるのは速さです。うまい人は、商品を手に持ちスキャナー台にかざす際の手の動かし方や、商品の持ち方を自然に工夫しているんです。
言葉を尽くしてもなかなか伝わりませんから、うまくできない人には動画を見てもらい、全体の底上げを図る。おかげさまで、オオゼキのレジは速いとよく言われます」(人材開発室室長 青木慎一氏)
メーカーから異常値と言われる売れ行き
もうひとつの目的は、それぞれの店舗で独自に行われている工夫をほかの店舗にも横展開し、全社的に実施することだった。
たとえば、オオゼキでは毎年同じ時期に、チョコレートやアイスクリーム、飲料といった特定商品をターゲットにした販売キャンペーンを行っている。ポップをどう書くか、どんな言葉で、どのようにお客様に呼び掛けるか、各店が自分たちの取り組みを動画で撮影し、全店で共有しているのだ。
具体的には、担当者が「本日のご来店、まことにありがとうございます。今日おすすめしたい商品はこちらです」と呼び掛ける内容だ。
「いいなと思ったら、それをまねして、何回も繰り返し言ってみる。そうすると自分なりの言い方、言葉遣いができるようになります。
キャンペーン対象のメーカーからは、(オオゼキの販売数は)異常値だと言われます。うちの販売力の高さをメーカー各社が評価してくれて、商品の融通を多少つけてくれることもあります」(青木氏)
当のメーカーが異常値と認めるほどだが、なぜそんなに売れるのか。
ほかのスーパーのキャンペーンでよく見る、マネキンと呼ばれる派遣販売員が特定商品を客にすすめる方法とは違うことが大きいのだという。
人情にも訴える
オオゼキではおすすめ商品に専属の販売員がつくわけではない。チェッカーがレジ打ちをしながら、あるいは担当者が棚の整理をしながら、自分の仕事の合間にキャンペーンの声掛けをする。
「ボジョレー・ヌーボーのキャンペーンのときもそうです。普段、お酒を常用していないような人も、顔なじみのチェッカーに言われたら、じゃあ1本買ってみようかね、となる。
生身の人間から一声掛けられると、損得勘定だけで考えなくなるケースだってある。それが人情というもの。
こうした意味のマン・ツー・マン・ビジネスは、やはり正社員中心でないとなかなか難しいものです」(明瀬氏)
ほかのスーパーがオオゼキのまねをして動画を使い、キャンペーンのやり方を各店で共有するようにしても、個店主義、地域密着主義、正社員主義というオオゼキの哲学まで踏み込んで継承しないかぎり、異常値と言われる売上げは実現できないということだろう。
「どちらかといえば、コト消費で、楽しみながら買いたいというお客様に大勢来ていただきたい。そのためにも、マン・ツー・マン・ビジネスに磨きをかけ、業務効率も上げていくために動画をもっと活用していきたいと思っています」(明瀬氏)