「DNAのコピーミス」が
招く病気

 私たちの体は約37兆個の細胞から構成されていますが、元をたどると受精卵と呼ばれるたった一つの細胞でした。細胞の設計図であるDNAに描かれた「正しい遺伝子情報」をコピーして、細胞分裂と増殖を何度も繰り返しながら、さまざまな臓器や組織にふさわしい姿になっていきます。そして、いったん臓器や組織が出来上がると、それ以上増えることはありません。

 実は、細胞内のDNAは紫外線や化学物質などの外的ストレスや細胞の代謝過程で発生する活性酸素などにより、毎日損傷を受けています。何らかの原因で損傷の発生と修復のバランスが崩れると、DNAに損傷が蓄積してしまい、「DNAのコピーミス」の発生リスクが高まります。正しく複製されなかった細胞は、それぞれの臓器や組織で異常な挙動を示し分裂が止まらず細胞が際限なく増殖してしまうことがあります。

 このままこのコピーミスを放置しておくと、細胞分裂をするたびに劣化した細胞をつくり続けることになります。増えすぎた劣化した細胞はやがて周りの組織や他の臓器に入り込んで、体を衰弱させます。これが、がんです。

 そのコピーミスによる劣化を防ぐために私たちの体に備わっているのが、「オートファジー」機能です。2016年に、東京工業大学の大隅良典教授がノーベル生理学・医学賞を受賞したことでご存じの方もいるかもしれません。

 オートファジーは、コピーミスした部分をきれいにして再生する機能。いってみれば、細胞内の掃除役なのです。

 一方、コピーミスではなく、細胞内のDNAそのものが傷つくこともあります。これまでは、破壊された細胞は元に戻れないと考えられてきました。しかし、最新の研究によりそれが修復できることがわかってきました。

 それを可能にするのが、「サーチュイン遺伝子」です。2000年、米マサチューセッツ工科大学のレオナルド・ガレンテ教授と当時同ラボの博士研究員であった今井眞一郎氏(現ワシントン大学医学部発生生物学部教授)による研究発表によって、サーチュイン遺伝子の研究が大きく前進しました。

 サーチュイン遺伝子は老化や寿命の制御に重要な役割を果たすといわれています。細菌から哺乳類まで多くの生き物に備わっている遺伝子で、傷ついたDNAを治して細胞を再生してくれます。

 この遺伝子の活性化に欠かせない物質である、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が増えると、サーチュイン遺伝子の中でも重要とされるSIRT1(サーティワン)が活性化することが分かっています。

 マウスを使った実験では、SIRT1が活性化すると、メスでは16.4%、オスでは9.1%健康寿命が延びたという報告があります。また、高齢のマウスのSIRT1が活性化すると、若いマウス並みに元気に動いたといいます。