イスラムという宗教は、人間の内面よりも外面に重きを置いている
私の30代の友人レイラさん(仮名)は、イスラムのより本質的な「欠陥」を指摘する。
あるとき彼女は考えた。「どうして私たちの社会は、人間の内面を評価しないのだろう?」と。そこでレイラさんがたどり着いたひとつの結論が、イスラムであった。
「イスラムという宗教は、人間の内面よりも外面に重きを置いていると思うの。このイラン社会と同じようにね」
イスラムが外面を重視するとは、彼女によれば次のようなことだ。
そもそもイスラムは、信者の心の在りようのみならず、その日常生活における行為をも細部にわたって規定する宗教である。
曰く、礼拝をしなさい。断食をしなさい。ベールをかぶり、喜捨をし、メッカ巡礼に行きなさい──。
曰く、酒は飲むな、豚は食べるな、博打も、不倫も、利子もダメ──。
「結局ね、イスラムが私たちの一挙手一投足にまで口を出す宗教として成立したこと。それが、そもそもの過ちだったのよ。もしこの宗教が人間の心だけを問題にしていれば、今のように内面が軽視され、外面だけで人間が序列化されるような世の中にはなっていなかったと思うの」