直木賞作家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語っている。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、“歴史小説マニア”の視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身おすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。

【直木賞作家が教える】日本の地名「消えすぎ問題」Photo: Adobe Stock

人の顔立ちを見て
出身地を当てる?

私は日本の地名を聞けば、名所旧跡が思い浮かぶのですが、歴史小説を読んで地名や史跡に詳しくなると、日本全国どこの人と会っても会話が弾みます。

誰しも郷土に誇りを持っていますから、郷土の地名や名所旧跡を口にするだけで、けっこう喜んでもらえるのです。

私は苗字から出身地を推測するのも得意で、初対面の人の出身地を当てて驚かれることがよくあります。ちなみに司馬遼太郎先生は、人の顔立ちを見て出身地を当てる
のが得意だったそうです。

日本の地名“消えすぎ問題”

とはいえ、日本の地名に関しては由々しき問題が起きています。平成期に政府主導で市町村合併が推進された、いわゆる「平成の大合併」により、古くからある地名が消えてしまったという問題です。

古くからある地名には、その土地の歴史が引き継がれています。せっかく由緒のある地名を消滅させる必要があったのか疑問に思うのです。

平成の大合併では、さいたま市(埼玉県)、にかほ市(秋田県)、かほく市(石川県)、あわら市(福井県)などのひらがな地名が増えただけでなく、南アルプス市(山梨県)というカタカナ地名も誕生しました。

失われる歴史を知る手がかり

たとえば、栃木県塩谷郡氏家(うじいえ)町と喜連川(きつれがわ)町が合併して生まれたのが「さくら市」です。「氏家」という地名は鎌倉末期に宇都宮公頼(きみより)という武士が領内を「氏家郡」と称し、自ら「氏家氏」を創設したという歴史があります。

一方、喜連川という地名の由来ははっきりしませんが、この地域に流れる川が「狐川」と呼ばれていたから、などの説があります。「さくら市」はさわやかでよいのですが、歴史を知る手がかりは失われてしまっています。

地名以外にも、高輪ゲートウェイ駅や虎ノ門ヒルズ駅のように鉄道の駅やバス停にカタカナを使うケースも増えています。高輪ゲートウェイ駅が誕生するにあたっては駅名の一般公募が行われたのですが、公募で1位だった「高輪駅」、2位の「芝浦駅」といった駅名を差し置き、130位(36件)の駅名が選ばれています。

フランス語のバス停?

私の地元の京都府木津川市にも「木津南ソレイユ」というバス停があります。「ソレイユ」というのはフランス語で太陽、ヒマワリの意味を持つ言葉です。

梅谷(うめたに)という地名があるのに、とモヤモヤした気持ちになります。梅谷といわれれば、「梅が咲く谷があったのだろう」と想像ができます。しかし、ソレイユといわれるとどんな町なのか皆目見当がつきません。

市町村が合併する場合は、もともとの地名の中から素直に選べばいいと思うのですが、地元住民の意見の対立などから、なかなか単純にはいかないのでしょう。

歴史が顧みられなくなる……

「特定の地名を採用したら、消滅した地名の住人に不満が残る」「カタカナを使ったほうが不動産価値が上がりやすい

理屈はわかりますが、歴史ある名前を簡単に消滅させていたら、ますます歴史が顧みられなくなってしまうのではないか。それを思うと残念です。

※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。