直木賞作家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語っている。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、“歴史小説マニア”の視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身おすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。

【直木賞作家が教える】国内旅行の楽しみが倍増する「意外な1つの着目点」Photo: Adobe Stock

食文化の違いに
注目してみよう

日本では同じ食べ物を地域によって別の名で呼んでいたり、その地域独自の食べ方をしていたりすることがあります。

旅行先で名物料理を食べて満足するのもよいですが、歴史の思考回路を使って「なぜそうなったのか?」を考察してみるのも一興です。

なぜ「鱏」を食べるのか?

たとえば、私が育った京都府南部では、お正月に鱏(えい)を食べる風習があります。

子どもの頃は、それが普通だと思っていましたが、大人になってから必ずしも一般的ではないことに気づき、さらに鱏が私の地元のみならず、山陰の山奥山形の新庄などでも好んで食べられている事実を知りました。

そこでふと「どうして、これらの地域で鱏を食べるのか?」という疑問が湧きました。調べてみると、鱏を食する地域は海から離れていることがわかりました。

鱏は体内に尿素を蓄えていて、鮮度が下がるとアンモニアが生じます。そのアンモニアには腐りにくいという効用もあるので、海から離れた内陸部でも食べることができたのです。

なぜ「鱧」を食べるのか?

もう一つ関西の食べ物を例に挙げると、京都人は夏に好んで鱧(はも)を食します。私も大好きで昔からよく食べてきたのですが、関東人には一度も食べたことがないという人が多くて驚きました。

地元ではスーパーの天ぷら売り場コーナーで、鱧の天ぷらが普通に売られているくらいです。鱧は湯引きして食べるだけでなく、天ぷらや蒲焼きにしても楽しめます。

鱧が夏の京都で食べられるのにも、歴史的な理由があります。行商人が魚を入れた箱を担いで運んでいた時代、生命力が強い鱧は夏場でも京都まで生きたまま届けることができたのです。

行商人が鱧を運ぶ途中、箱から逃げ出した鱧が地面を這いながら逃げ出した。そんな光景を見た京都人が、鱧を海の幸ではなく山の幸に分類するようになったという話もあります。

時代小説で
食習慣の知識が増える

あるいは大根という身近な食材をとっても、秋田には「いぶりがっこ」という燻製(くんせい)干しのたくあん漬けがあり、私が住む滋賀には「ぜいたく煮」というたくあんの煮物があります。

時代小説には、かなり頻繁に食べ物が登場します。時代小説を読んでいると、食べ物の知識も増えるので、旅先の料理屋さんで知識を披露して地元の人との会話が弾むこともあります。

時代小説で食べ物が
描かれやすいワケ

なぜ歴史小説よりも時代小説に食べ物が描かれやすいのかというと、やはり時代小説には市井の暮らしが多く描かれるからでしょう。

ドラマの時代劇で主人公がお酒を飲んだり、うどんを食べたりしているのを見ると美味しそうだと感じるのに、大河ドラマで信長が食事をしているシーンを見ても、それほど美味しそうに思えないのを考えればわかりやすいかもしれません。

池波正太郎の『鬼平犯科帳』『仕掛人・藤枝梅安』などの時代小説には、実に美味しそうな食事のメニューがしばしば描かれます。

食べ物のシーンを入れる
編集者のリクエスト

池波先生自身が食通であり、『食卓の情景』『散歩のとき何か食べたくなって』といったグルメエッセイもたくさん残しています。本当に食べることが好きで、食に対する好奇心が小説にも生かされていたのでしょう。

最近の作家は、編集者から「食べ物のシーンは入れてください」とリクエストを受けることがよくあるとも聞きます。

食べ物を魅力的に描けるかどうかが、作品の成功要因の一つになっているのです。だから、みんな池波正太郎作品を見習いながら、こぞって食の描写を練習しています。

※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。