数学をバラバラに
学んではいけない

 このような珍現象が繰り返されれば、大学入試という狭い観点からでなく、数学の学びという広い観点からも問題です。

 日本を代表する数学者の高木貞治(1875-1960)が、「数学を片々に切り離してはいけない。異なる部分の思わぬ接触からこそ進歩が生ずるのである」という言葉を残しているように、数学をバラバラに学ぶと、多分野にまたがる応用が学び難くなります。

 参考になる例を挙げると、一見バラバラに見える鶴亀算、植木算、仕事算という算数文章問題は、中学校で学ぶ1次方程式では同じ視点から解けます。また、2、3、5、7、11……などの素数は、現在の暗号理論に深く応用されています。

 高校数学の学習指導要領が数学1、数学2、数学3、数学A、数学B、数学Cというアラカルト方式であることを歯痒く思っていた私は2010年に、戦後の高校数学として扱われたすべての事項を一本の大河のようにまとめた書『新体系・高校数学の教科書(上下)』を刊行しました。

 その後、『新体系・中学数学の教科書(上下)』、『新体系・大学数学入門の教科書(上下)』(すべて講談社ブルーバックス)も刊し、それら6冊の全体においても「使う性質は、以前に説明したものに限る」というポリシーを順守しました。ちなみに、読者層は中高年の方々が中心であることからも、学び直しの書として定着した感があります。興味のある方はご一読ください。

書影『数学の苦手が好きに変わるとき』(筑摩書房)『数学の苦手が好きに変わるとき』(筑摩書房)
芳沢光雄 著

 また、2010年代に高校数学BでBASIC言語による計算機の指導がありました。しかし、多くの学校では無視して行いませんでした。それは仕方のないことで、外国語を学ぶようなBASIC言語と数学の教育は違います。

 そして実は最近の学習指導要領では、統計に関する学びが算数や数学の指導要領に大きく入ってきました。統計の学び方では、厳密な解説をしようとすると大学数学になるような道具を、いろいろ使いこなすことを主目的にした面があって、計算機と数学の学び方の中間的なものだと言えます。

 ちなみに、統計の重要な道具である正規分布とか分散共分散行列というものに関しては、拙著『新体系・大学数学入門の教科書(上下)』で丁寧な説明をしました。そのように道具の使い方を学ぶことを主目的とする統計を、算数や中学数学や高校数学に大きく入れることには、若干疑問をもっています。もちろん、「統計」という教科を設けて、そこでしっかり学ばせることには賛成します。