予約客はまさかの憧れのスター
大ファンの女将との不思議な再会

 それから4~5年経った昭和58(1983)年頃、松田の名前で予約が入る。

「いらしたのは優作さんと、龍平君がお腹にいた身重の美由紀さんでした。私、びっくりしちゃって。優作さんに『撮影所で会ったことがある』とは話しませんでしたが、優作さんが入ってきた時に目が合って、にこっと微笑んでくれたので、覚えててくれたのかな……」

 女将にその時の気持ちを尋ねると、

「それはもう嬉しくて……。だって中学から使っていた定期入れに、レイバンのサングラスをした優作さんのブロマイドを入れていて、高校を卒業する時はぼろぼろになっていましたからね」と、興奮した面持ちになった。

 まさか松田の予約が松田優作だとは想像もせず、この日は満室だったこともあり、予約通りに4畳半と3畳に渡り廊下だけが付いた最も小さな部屋を使ってもらった。この日を境に、「水香園」は松田優作の定宿となった。

 最初の妻でありノンフィクション作家の松田美智子氏の著書『越境者 松田優作』でも、昭和63(1988)年に美智子氏が松田優作に会った際、「奥多摩にな、俺が仕事に入る前に隠れ家みたいに使っている旅館があるんだ。近くに川が流れていて、風呂も大きいし、いい所なんだ」と薦められたという一節がある。