トランプから40歳の若さで共和党の副大統領候補に指名されたJDヴァンスについては、じつはあまり興味がなかったのだが、イーロン・マスクやピーター・ティールなどテクノ・リバタリアンとの関係についてインタビューを受けることになって、すこし調べてみた。せっかくなので、シリコンバレーとトランプを結ぶこの「ヒルビリー(田舎者)」のことを、備忘録もかねて書いてみたい。

 ちなみに、ヴァンスの出生時の名前はジェームズ・ドナルド・ボーマン(James Donald Bowman)で、母の再婚にともなって実父(ドナルド・レイ・ボーマン)の名前を消すためにジェームズ・デイヴィッド・ハメル(James David Hamel)となり、ニックネームのJDはそのままにした(ハメルは母の3番目の夫の名字)。その後、イェール大学を卒業する直前に母の旧姓であるヴァンス姓を名乗るようになり、「J.D.Vance」の表記を使っていたが、2022年の上院選以降はピリオドを取って「JD Vance」としているので、本稿では「JDヴァンス」とする。この名前の変遷からも、ヴァンスの複雑な過去がわかるだろう。
 

JDヴァンスは「話の通じるトランプ」

 JDヴァンスは、2016年に出版されてベストセラーになった自伝『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(関根光宏、山田文訳/光文社未来ライブラリー)と、ロン・ハワード監督、エイミー・アダムス主演、Netflixで2020年に映画化された『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』で知られる。

 ヴァンスは1984年に、かつては鉄鋼の町として栄えた白人労働者階級の町、オハイオ州ミドルタウンで、スコットランド系アイルランド人の両親のもとに生まれた。だが、ヴァンスの子ども時代には製造業の衰退とともに町は荒廃し、典型的なラストベルト(さび付いた地域)になっていた。

 幼いときに父親が離婚して家を出てから、母親が次々と男を乗り換えたため、ヴァンスは祖母の実家のあるケンタッキー州ジャクソンで夏を過ごすことが多かった。ジャクソンはアパラチア山脈の炭田地帯にある小さな町で、住民全員が知り合いだったが、独特の「ヒルビリーの文化」があった。それを端的にいえば、男も女も、面倒なことや気に入らないことはすべて力(暴力)で解決するのが当たり前の社会、ということになるだろう。

 母親の薬物中毒と継父による家庭内暴力のため、ヴァンスと姉のリンジーは祖父母によって育てられ、ヒルビリーの掟(おきて)をたたきこまれた。家庭の混乱で学校の成績も下がったが、祖母に引き取られてからは将来について考えられるようになった。いったんは大学進学を決めたものの、奨学金の負担や「大学生活の自由」におびえ、海兵隊に入ることにした。

 軍隊で4年間を過ごしたあと、ヴァンスは復員兵援護法を利用してオハイオ州立大学に入学、政治学と哲学で最優秀の成績を取得してイェール大学ロースクールに進み、のちに妻となるインド系のウシャ・チルクリや、親友として同じ政治の道に進むことになるアフリカ系のジャミル・ジヴァニなどと知り合った。――ジヴァニはBLMやアファーマティブアクションを批判する黒人保守派としてカナダの国会議員になった。『ヒルビリー・エレジー』はロースクールの修了式と、その後もまとわりつく薬物依存症の母親との関係から、白人労働者階級をむしばむ「貧困の文化」について考察して終わる。

 イェールを卒業したあと、ヴァンスは2年ほどで法律家としてのキャリアを捨ててサンフランシスコのベンチャーキャピタルに移り、『ヒルビリー・エレジー』が出版された2016年当時は、ピーター・ティールが所有するファンドのひとつ、ミスリル・キャピタルに所属していた。

 本には書かれていないが、ティールは2011年にイェールで講演し、過剰にリベラル化する(ウォークやキャンセルカルチャーなどの)大学の風潮を批判した。アメリカの超一流大学で、恵まれた学生たちの「ハイソな文化」に違和感を覚えていたヴァンスはこの講演に強く共感し、ティールにメールを送ったことで付き合いが始まったようだ。

「ヒルビリー(田舎者)」「レッドネック(首筋が赤く日焼けした白人労働者)」「ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)」などと呼ばれる中西部の荒れ果てた町に生まれ、崩壊した貧困家庭で育ったヴァンスは、著書がベストセラーになったことでアメリカンドリームを体現し、一躍セレブリティ(有名人)に躍り出た。

 そのうえ、『ヒルビリー・エレジー』が世に出た2016年は、ヒラリー・クリントンら民主党のエリートを批判したトランプが、白人労働者階級の熱狂的な支持を得てアメリカ大統領に選ばれた年でもあった。ヒルビリー出身の数少ないエリートであるヴァンスは、リベラルなエリートたちから、「話の通じるトランプ」として注目される存在になった。この頃には、ヴァンスは自らの政治的野心を明確に意識するようになったらしい。

トランプから40歳という若さで副大統領候補に指名されたJDヴァンスとは何者なのか?Photo/146 / PIXTA(ピクスタ)