あなたのまわりにも、奇妙な信念をもっているひとがいるだろう。そんな相手とはどのように会話すればいいのだろうか。そんな興味をもって2冊の本を読んでみた。

科学否定論者など話が通じない人の考えを変えることはできるのか?Photo/kikuo / PIXTA(ピクスタ)

 リー・マッキンタイアはアメリカの哲学者で、「ポスト真実(トゥルース)」という言葉をつくったことで知られる。ポスト真実の時代とは、「証拠(エビデンス)よりも感情が優先され、客観的な事実、あるいは現実そのものが議論の争点になる時代」のことだ。

 そのマッキンタイアは『エビデンスを嫌う人たち 科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか?』(西尾義人訳/国書刊行会)で、気候変動否定論者、反ワクチン派、反GMO(遺伝子組み換え作物)派など、科学を受け入れないひとたちとの対話を試みている。原題は“How to Talk to a Science Denier; Conversation with Flat Earthers, Climate Deniers, and Others Who Defy Reason(科学を否定する者と話をするには 地球平面論者、気候変動否定論者、理性に逆らうその他のひとたちとの会話)”。

地球は平面(フラット)だと信じる者たちの意見を変えさせることはできるのか?

 マッキンタイアは本書を書くにあたって、「筋金入りの科学否定論者であっても意見を変えさせることができるのか? できるとすれば、どうやって?」という問いを自らに課した。科学否定論者の極北として選んだのが「フラットアーサー」で、文字どおり、地球は平面(フラット)だと信じる者たちだ。

 いったいどうしたらそんなことを真面目に信じられるのか、と思うだろう。実際、Qアノンのような陰謀論者のコミュニティですら、地球平面(フラットアース)説は物笑いの種になっている。

 そこでマッキンタイアは、2018年11月にコロラド州デンバーで開かれた「フラットアース国際会議(FEIC; Flat Earth International Conference)」に参加し、フラットアーサーとの対話を試みることにした。

 会場となったホテルの宴会場には約600人が集まり、ある講演者が「私は恥ずかしくなんかない」とマントラのように唱えると、聴衆が熱烈な拍手でそれを迎え入れた。それは、「はぐれ者たちが集まって、ついに血縁の者たちと対面を果たした伝道集会」のようだった。

 フラットアーサーは、宇宙空間から撮影した地球の画像はフェイクで、人類は月に降り立っていないし、NASAの職員はみな地球が平らだという神の真実を隠す陰謀に加担していると考えている。

 NASAの正式名称の各アルファベットをそれぞれ数字に割り当てると、その合計が666(ヨハネ黙示録に記された悪魔の数字)になる。ここからフラットアーサーは、権力の中枢を悪魔が支配しており、すべての国家元首、宇宙飛行士、科学者、(地動説を教える)教師らは、真実を隠蔽(いんぺい)することで悪魔から報酬をもらっているのだと信じている。

 これでは常軌を逸しているとしか思えないが、実際に会ってみると、彼らはごくふつうのひとたちに見える。ただし、話が地球平面説に及ぶまでは。

 マッキンタイアが話しかけた高齢の女性は、ヨーロッパからドキュメンタリー映画を撮りにきたのだと自己紹介した。自分と同じく、会議の様子を取材しているのだと思って、「じゃあ、あなたはフラットアースを信じていないのですね」と訊(き)くと、「ええ、信じてないですよ」という。そして彼女は、こう続けた。「私はただ、それが正しいことを知っているの」

 彼女は(あくまでも本人がいうには)かつて科学者で、物理学や化学、心理学を学んでいた。あるとき人生の危機が訪れ、夫から切り出されて離婚にいたった。彼女は精神的に混乱し、なにもかも信じられなくなり、自分の人生に意味はあるのかと考えるようになった。そんなときに見たのがフラットアースの動画で、最初はその誤りを証明しょうとしたが、逆に説得され、これまで「球体主義(グローバリズム)」をいちども疑わなかった自分が間違っていたと考えざるを得なくなった。

 ほとんどのフラットアーサーは宗教的な信仰と結びついているので、マッキンタイアは「あなたも他の人たちみたいに、神が平面の世界を創造したとお考えで?」と訊いてみた。

「いえ、そんなことは考えてませんよ」と彼女は否定した。

 宗教と無縁のフラットアーサーとはじめて会って驚いたマッキンタイアが、「とすると、フラットアースを信じているのは宗教とは無関係?」と訊くと、「いいえ。それもちがうわね」と彼女はこたえた。

 そして、やわらなか口調で、「だって、私が創造主なんだから」といった。