この関税率の引き上げは、スイスの時計業界に対して8月7日から適用されることとなった。各ブランドは4月に続き、駆け込みでの対米輸出を行ったが、想定ほどの成果は得られなかった。7月の対アメリカの時計輸出額は、わずか前年同月比プラス6.9%という結果だった。

 深刻なダメージを受けたのは時計業界だけではない。スイスの機械・電気産業界(SWISSMEM)は8月1日、スイスの産業界にとって死活問題だとして「一刻も早く関税引き下げ交渉を進展させ、引き下げの一刻でも早期の実現を求める」との声明を発表した。

トランプ大統領を動かした!?
スイス経済界のVIPによる“ご機嫌取り”

 このままではマズい。アメリカの“ご機嫌取り”のような真似はしたくない。だが、もはや背に腹は代えられない。そういう思惑があったのだろう。11月初旬、スイス政府に代わってスイス経済界のVIPたちが動いた。ホワイトハウスを訪問して、トランプ大統領との会議に出席し、関税の引き下げを要望したのだ。

 この会議に出席した大物たちの実名を挙げよう。例えば、世界最大級のプライベート市場に特化した投資運用会社パートナーズ・グループの創設者、アルフレッド・ガントナー氏。スイスに拠点を置くエネルギー取引会社マーキュリア・エナジー・グループのダニエル・イェッギ氏。金・銀・プラチナをはじめとする貴金属の取引などを専門とするMKS PAMPグループのマーワン・シャカルチ氏などである。

 時計業界からは、リシュモン・グループのヨハン・ルパートCEO、そしてロレックスのジャン・フレデリック・デュフールCEOが出席したとされる。

 トランプ大統領は王族や大金持ちが大好きだ。ラグジュアリーな製品を扱う企業のVIPたちが直接会いに来たことが、翻意に一役買った可能性は非常に高い。何しろトランプ氏は昔から大の時計好き。大統領選挙直前の2024年9月末には、自身がプロデュースした「オフィシャル・トランプウォッチ・コレクション」を発表したほどだ。

ロレックスなどスイス企業の“根回し”で関税緩和?「トランプ氏のご機嫌とり」を拒否した気骨ある時計メーカーの実名トランプ大統領がプロデュースする「Fight Fight Fight Red Beauty」(出典:オフィシャル・トランプウォッチ・コレクション
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 このコレクションは「https://gettrumpwatches.com」というURLの公式通販サイトで、今も販売されている。ラインアップの中には、トランプ大統領が2024年7月の「暗殺未遂事件」で銃撃された際に叫んだ「ファイト! ファイト! ファイト!」を冠したコレクションや、「トゥールビヨン」と呼ばれる複雑寄稿を搭載した10万ドルのフルゴールドモデル(限定モデル)も含まれている。

 そんな彼にとって、時計業界トップの訪問はさぞ嬉しかったことだろう。そのためか、トランプ大統領はこれまでの態度を一変。この会談中に、関税交渉を担当するアメリカ通商代表部(USTR)のトップに指示し、関税削減の交渉を始めるよう求めたという。

 11月13日のブルームバーグの報道によれば、経済界の大物たちに後れを取る形で、スイス政府の担当者がアメリカの首都ワシントンを訪問。正式な交渉がまとまり、トランプ政権は翌14日、スイス製品に対する関税を、日本と同等の最大15%に引き下げると発表した。