自由貿易論者と反自由貿易論者との論争は、国家間の争いとともにその後も続きます。そして第二次世界大戦前、反自由貿易論者がもっとも力を持つようになる事件が発生します。

 1929年、アメリカ・ウォール街の株価大暴落(ブラック・チューズデーなど)です。これによって世界中が大恐慌に陥りました。アメリカは自国農業を保護するためスムート・ホーリー関税法を制定し、輸入品に高関税をかけ、それでもダメな場合は輸入制限を行いました。これが他国の反発を買い、世界各国が保護貿易を推進していくことになります。

 そして作られたのがブロック経済と呼ばれる経済体制です。アメリカドル、フランスフラン、ドイツマルク、イギリスポンド、そして日本の円を使う経済圏が作られました。こうした閉鎖的で保護主義的な経済体制は、大恐慌によって発生した不況からの回復を遅らせた上に、プロック間の摩擦も強めて第二次世界大戦を引き起こす原因のひとつとなります。

 第二次世界大戦の被害は、人類史上最大級のものになりました。人類は保護貿易の継続はやがて戦争になると知り、自由貿易を推進しようとするようになります。そんな考えで作られたのがが、1948年に発効したGATT(関税及び貿易に関する一般協定)です。