アップル時代、当時COOだったティム・クックがワールド・ワイド・セールスを担当していたので、いわば私の直属の上司でした。彼とは週に一回電話でミーティングをし、長い場合は一時間以上も話すときがありましたが、日本企業の定例会議のように最初に前回の繰り返しから始まるということがない。毎回話す内容は異なり、人事から販売戦略まで広範囲に及んで話題はてんこ盛りでした。

 とにかく彼は記憶力がよく、過去に私が伝えた販売予測の数字やライバルの新商品が発売されたときの売上の落ち込み率など、細かなところまで覚えていました。こちらが少しでも違うことを言うと、「それ、以前聞いた数字と違うけど」と指摘してくるのです。

 キレ味がするどく、こちらは一切間違えた報告や予測ができない感じで、彼と話をするときはいつもピリピリとした緊張感がありました。とかく本社の戦略を押しつけてくるところもあるので、こちらもかなり真剣に、そして覚悟を持って、毎週電話越しのミーティングに臨んだのを覚えています。

 日本人がコミュニケーションで、多く活用しているのがメールです。高度に発達した携帯電話事情と、多くの会話をメールに依存している背景から、メールは単なる伝達ツールというより、新たなコミュニケーションツールになっています。

 携帯メールで会話がなされる傾向もどんどん強くなってきており、必然的に人の目を見て話すという能力もまた著しく低下しているように感じます。悪い話やお詫びをするとき、約束を断らなければならないとき、お願いごとをするとき、いずれも切り出しにくく、できれば避けたい会話です。しかし、どの状況もビジネスでは日常的に発生することばかりです。こんなとき、普段からメール文化に馴染んだ人は、メールを使ってお詫びやお願いをします。

 しかし、メールの技術をどれだけ学んでも、相手を動かすことはできませんし、向き合うという覚悟を避けたコミュニケーションは、人対人のつながりにおいて何も前進させられないというのは、どれだけテクノロジーが発達しても変わりません。

 勇気を出してフェイス・トゥ・フェイスで向き合い、相手への思いやりの心を持った誠実な対応をとることでしか人を動かせないし、わかり合うことはできないのです。日本人がメールを多用する背景には、直接、面と向かって言えないことでもメールなら伝えやすいという精神性があり、それは昔から手紙を多用する日本人特有の感性も関係しているのかもしれません。

 そのため、日本人のメールのスキルはかなり高く、他の国よりも進んでいる部分もたくさんあります。しかし、結果としてメールでのコミュニケーションが人と向き合うという「覚悟」を消し去り、何でもかんでもメールで処理してしまおうという意識を助長していると思います。

 ちなみに、私がサラリーマン時代から一貫して部下たちに言っていたのが、姿が見える範囲で一対一のメールを送ったら即クビだということです。メールは物理的に離れた地方や海外にいるプロジェクトメンバーに同時に何かを知らせたり、記録用として残すときには極めて有効ですが、近距離にいる人とのコミュニケーションを意図的に避けるという弊害もあるのです。

 直接面と向かってコミュニケーションする覚悟がない人は、ビジネスでも何か問題が生じたときに逃げてしまうということが過去の経験上わかっています。コミュニケーションとは相手との対話であり、正面から向き合う覚悟がなければどんな仕事も成し遂げられないのです。(第5回に続く)

次回は5月7日火曜日更新予定です。


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山元賢治(やまもと・けんじ)
1959年生まれ。神戸大学卒業後、日本IBMに入社。日本オラクル、ケイデンスを経て、EMCジャパン副社長。2002年、日本オラクルへ復帰。専務として営業・マーケティング・開発にわたる総勢1600人の責任者となり、BtoBの世界の巨人、ラリー・エリソンと仕事をする。2004年にスティーブ・ジョブズと出会い、アップル・ジャパンの代表取締役社長に就任。iPodビジネスの立ち上げからiPhoneを市場に送り出すまで関わり、アップルの復活に貢献。
現在(株)コミュニカ代表取締役、(株)ヴェロチタの取締役会長を兼任。また、(株)Plan・Do・See、(株)エスキュービズム、(株)リザーブリンク、(株)Gengo、(株)F.A.N、(株)マジックハット、グローバル・ブレイン(株)の顧問を務める。その他、私塾「山元塾」を開き、21世紀の坂本龍馬を生み出すべく、多くの若者へのアドバイスと講演活動を行っている。
著書に『ハイタッチ』『外資で結果を出せる人 出せない人』(共に日本経済新聞出版社)、共著に『世界でたたかう英語』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。