「父はちょっと悲しそうな顔をして、黙っていました。父は評論家や編集者にほめられるより、子供にほめられるのがいちばんうれしいんです。子供がほめると、ものすごく喜びました。父は小説という手法を使って史実を書いている。それによって、どんな歴史資料よりも歴史のエッセンスやリアリティーが伝わって、読んだ人が感動する。それが父の手法だと気づいたのは亡くなってからです」
吉村の記録文学は最高だと言ってあげられたらよかった、と司は残念そうに語る。
絶対に書かないと言っていた『戦艦武蔵』を書いたのは家族のためだった。その家族に認めてもらうことができず、なおのこと悲しかったのかもしれない。
司が今、吉村作品で読むのは記録文学が中心だという。薦める3冊には『少女架刑』『破船』『戦艦武蔵』をあげている。吉村の死後、『戦艦武蔵』の生原稿が金庫から出てきたことがあった。津村は驚いていたが、司は吉村から生前に、生活に困ったら売っていいと言われていたので原稿はあると思っていた。
「小説は頭で書くのではない、手で書くのだと、父はよく言っていました。何を書くかわからないけど、無理やり、とにかく手首を原稿用紙の上に置く。体を机にしばりつけるのだと。そこから作品が生まれていく。アイディアが浮かぶまで待つなんていうのは嘘だと」