「死にたい?」と言って
包丁を頬に当ててきた母
今から思えばそのときの感情を言葉にできる。
心の辛さを誰にもわかってもらえないことから来る孤独感、いじめられていることを言えないもどかしさ、存在自体を祝福してもらえない惨めさ、など。
だが、幼かった私はそれらを感じていながらもどうしていいのかわからず、ただただ暴れることで伝えようとしていたのかもしれない。
ともかく、その日はいつも以上に暴れ、叫び、物を壊し、グチャグチャになった部屋のなかで、母も私も疲れきっていた。
突然、スッと立った母は、台所へ行き、包丁を手に戻ってきた。そして、そのまま私の頬に包丁を当てたのだ。
頬から首にかけてピタッピタッと当てられた金属の冷たさは、一生忘れないと思う。
その瞬間、恐ろしく頭が冷静に戻ったのを覚えている。
母に、「死にたい?一緒に死のうか?」と言われた。
声が出せない。
私は頭を小刻みに左右に振った。
「死にたい」とは思っていたが、それはより、「消えたい」に近いもので、ましてや「殺されたい」わけでは決してないのだ、とわかった瞬間でもあった。
ところで、変なことを言うようだが、このとき、場ちがいな可笑しみが腹の底からフツフツと湧き上がってきてもいた。「白ける」「引く」「ブラックジョーク」とでもいおうか。