「働きも何もしないで、ただ裁判の順番が来るのを待つだけの日が続いた。不安だよ、何もすることがないから、頭の中でいろいろなことがぐるぐる巡って来るんだ。
食事は真っ黒なパンと具のないスープだけ。外にいればとても食えないぼそぼそしたパンだけど、他に食べるものはないんだもの」
家族には情報があったらしく、母親・初江さんは實氏の釈放のため死に物狂いであちこちに懇願し、月に一度は刑務所に差し入れをしていたという。實氏のもとには何も届かなかった。
収監の半年後に突然開かれた裁判
2年6カ月の実刑判決でシベリア送り
刑務所での取り調べは、夜中に行われた。誰も気がつかないうちに連れていかれて、朝目が覚めたら同室の誰かがいなくなっている。
半年後、ついに實氏の順番がやってきた。深夜に揺さぶり起こされると、有無を言わせず引っ張られた。長い廊下を歩いた突き当たりの小部屋に入ると、そこには取調官と通訳の2人が待機していた。
實氏は後ろ手に縛られ、立ったままふたりを見下ろすかたちになった。通訳者が発した。
「これは軍事裁判だ」
「どうして事故を起こしたのか」と訊かれたのでありのままのことを答えた。